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日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

水上は雪の中だった

旅館の朝。とりあえず風呂に入り、やはり部屋まで運ばれてくる朝飯を食べる。いちいち運んでくれる丁寧な旅館…と言うか、宴会場のようなものが無いのだろう。舞茸の炊き込みご飯が美味。
旅館を出て、朝から営業している、年寄りだけでやっているようなまんじゅう屋で美味しそうなまんじゅうを買い、渋川駅行きのバスに乗る。ゴトゴトと走って渋川駅着。9時42分の水上行きに乗る。なにしろ凄い雪のようなので、とりあえず見るだけ見てみよう、と思ったのだ。沼田あたりまでは快晴だが、沼田を出てしばらく走ると雲が出てきて、後閑を過ぎるころには吹雪の中、上牧駅は雪に埋まっていた。10時21分、水上着。


えーっ、水上でこれ?というような、物凄いことになっている。あわよくば、宝川温泉法師温泉にでも行ってみようかと思っていたが、なんだか、この雪を見て概ね満足してしまった。だから、引き返そう。

駅の雪の処理も大変そうだ。ご苦労様です。

ふんとにもう、どこの豪雪地帯だよ、という感じで。しかし、電車が沼田駅に着くころには、再び快晴、雪ってなに、な状態であった。あんまり劇的すぎる。そのまま乗って新前橋まで。ここで両毛線に乗り換える。

伊勢崎と言えば

両毛線に乗って、伊勢崎へ。さて、伊勢崎といえば、オートレースと出稼ぎ外国人と、あとなんか食い物で名物があったはずだ。ということで、駅の外に出てみたが…。駅前の寂しさは、いったいなんだ。伊勢崎市の人口は20万人ある。その中心の駅前が、まるで寂しい。

そもそも、営業している食い物やがほとんど何も無い。こりゃだめだ。そういうわけで、仕方が無いので、繁盛している駅の立ち食いそばを食べた。不味かった。これで繁盛していると言うのは、ここ以外に、飯が食えるところが無いのだろう。
東武線に乗り換えるために、きっぷを買って中へ。本数が凄い。

昼間は、一時間に一本だけ。しかしその電車は浅草行きの準急なので、6両編成の通勤型車両がぽつねんと止まっているアンバランス。

なるほどなあ、確かに群馬県の公共交通は壊滅しているなあ。車が無いと生活できない。駅と言うのも、街の中心でもなんでもないのだろう。

JRのこの看板も、なんか凄い。自分の駅の存在意義を放擲している。うーん。ともかくにも伊勢崎線は動き出し、太田市足利市と通るうち、沿線に広がる風景は、田んぼ、工場、車、道路。まさに北関東、という風景。伊勢崎、桐生、太田、足利、館林と言ったあたりが、まさに、私のイメージとしての北関東なのだな。

群馬県立館林美術館

館林の一駅手前の、多々良という駅で降りる。館林美術館への最寄り駅。美術館への行き方を駅員さんに尋ねたら、地図をくれた。親切。15分ほど歩く。途中にひろがる、どこまでも北関東な風景。

と、川沿いに現れる、群馬県立館林美術館。いや、これがあなた、凄いよ。よくもまあこれだけの税金を…という建物。あ、いや、そういう穿った見方は止そう。実際、たいしたもんですよこれは。






広大な空間に、絶妙に配置された建築物群。ガラスや水、そしてレンガなど、素材を活かした意匠。特に水とガラスが周囲と美術館の一体感を醸し出していて、なかなか心地よい空間になっている。こういう空間のわりに屋外彫刻が少ないのだが、建物に関する資料を読んでいたら、『計画はあったのだが、予算が尽きて断念』と書いてった。しかし、下手なものを置くよりもこのままで良かったんじゃなかろうか。
開催中の鵜飼美紀+辻和美「光のかけら」も、大きなガラス窓の外に芝生の広がる空間を生かして、無数に並べられた水を張ったガラスの器、吊るされた滴のようなガラス容器の光の移ろいが美しく、なかなかの見ものであった。常設展示も、特に彫刻方面で割合、気の利いた収蔵品を持っているようだった。そして、別館の建物、上の写真の中でレンガ造りの建物だが、中が「彫刻家のアトリエ」と称して、フランソワ・ポンポンという彫刻家のアトリエが再現されていた。色々と面白し。
レストランも併設していて、たいした施設だが、やはり車で来るための施設のようだ。館林駅に行くバスは一日に4本しかない。ちょうど時間が合ったので、うまい具合にバスに乗り、館林駅に向かった。

館林の駅前も寂しい。文福茶釜のたぬきの置物くらいしかなかった。東武の大事なターミナルだと思うのだが…。そして、今日が成人式だったのだろう、DQN風味満載の羽織袴軍団が駅前を闊歩していた。そんな館林

街の中の大温泉

館林を15時06分の電車で出て、久喜へ。宇都宮線に乗り換えて、東鷲宮。何故ここへ来たかと言うと、新前橋駅でもらったJRのパンフレットに、ここにすごい温泉がある、と書かれていたからである。

駅から徒歩3分の「百観音温泉」。ここ、お湯の出る量が尋常ではない。57℃のお湯が毎分2250ℓという、どこの大温泉街だよ、というような湯量を誇るそうな。だから、当然源泉掛け流し。温泉スタンドまである。
駐車場は広くて、しかもどんどん拡張していったようだ。おおよそ、300台は止められそう。その駐車場がほぼ満杯になっている。中も大変な混雑で、700円也を払って入ったが、芋を洗うようとはこのことか。それでも露天風呂をはじめ非常に広いので、不愉快なほどではない。そして、お湯も、茶褐色で効能の強そうないいお湯。これは凄い。混むのも頷ける。お湯の温度もバラエティに富んでいて、一番高いところで46℃あった。我慢大会だな。
ゆっくり浸かって出て、牛乳を一杯。駅からはきれいな夕焼けと富士山が見えた。

湘南新宿ライングリーン車に乗って、グリーンアテンダントに『おう、ビールあるかね!2つだよ、2つ、2人いるから! 1つだと殺し合いになるからね!』などと言っているおっさんに苦笑しつつ、新宿駅までうつらうつら。

かにしゅうまいおばさん

駅で相方と待ち合わせて、まず伊勢丹へ向かう。と言うのは、最終弁当先生のこれ
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/01/post_a750.html
を読んで、俄かに美味しい味醂がほしくなったからであり。んで、ここ
http://www.hakusenshuzou.jp/
で作っている、福来純というみりんを買った。そのまま飲んでも美味そうである。その後、夕飯を食うために、さてどこにしましょうか、銀座アスターに一度も入ったことが無いですねそうですねそうしましょう、と、伊勢丹の7階の銀座アスターに入る。ここで、何か特殊な引力が働いていたとしたか思えないのである。
海老の炒めたの、野菜に蟹あんかけ、蟹の爪の揚げたのに、餃子と春巻き、それから金華ハムの炒飯。一遍にもって来過ぎというか、節操なく頼むほうが悪いのか、まあ味はなかなか結構であったのだが、炒飯を食べ終わるころに、一人で来ていたおばちゃんが後ろのほうでふぁびょーんと立ち上がって、「かにしゅうまい!」と叫びだしたのであった。
いやさ、前兆はあった。注文時に「肉じゃないしゅうまいないの。かにしゅうまい?じゃあ、それ、かにしゅうまい」とか言っていたり、運ばれてきた蟹シュウマイを見て「これ本当にかにしゅうまい?」などと疑わしげにしていたり。
しかし、その後の心の葛藤と言うか、そのあたりのご機嫌具合が良くわからないのは隣に座らなかった男子一生の不覚であったが、とにかく、なにか腹に据えかねる様子でがったーんと立ち上がり、「かにしゅうまい!」と叫んだのであった。
どうも、かにしゅうまいと名乗っているのに蟹が少なかった、とか、肉のしゅうまいじゃないのに肉が入っているとか、そういうことを言いたいようなのだが、とにかく入り口付近で店員さんともみ合ったいるのではっきりわからない。聞こえるのは断片的な「かにしゅうまい!」「かにしゅうまい!」の連呼だけである。何回言ったんだかにしゅうまい。数えておけばよかったかにしゅうまい。しかもなんか変な抑揚でかにしゅうまい。笑いを堪えきれずかにしゅうまい。頼むからお茶飲んでる時に唐突に叫ぶのは止めてかにしゅうまい。かにしゅうまい!かにしゅうまい!店内を包む連帯感。みんな笑いを堪えるのに必死だ。店内の心をひとつにするかにしゅうまい。
もっと楽しみたかったが、待っているかにしゅうまい、じゃない、お客さんが沢山いるようなので退散。レジで会計する間も、すぐ出たところでおばちゃんがかにしゅうまいを連呼していた。引くに引けないのだろう。仕舞いには店員さん、店のパンフレットを渡して、「ここに電話してください」なんて言っていたが、全国の銀座アスターのかにしゅうまいは同じ味です、ということを確認させようとしたのだろうか。かにしゅうまい。
その後、紀伊国屋を冷やかしてから椿屋珈琲店でお茶をしたが、かにしゅうまいの話題尽きず。かにしゅうまいと聞くたびに、暫くはこの夜を思い出すに違いない。かにしゅうまい。