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日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

わあわあ言うております

7時ごろに起きて、展望大浴場なるものに入ってから、出かける。五条から国際会館へ。今日も「び・ぜん・ぎゃるり」で、「歌舞伎役者 片岡仁左衛門」の続き。
午前中の第4部が終わって、近所の和食屋でてんぷら定食。13時から第5部。上映前に昨日に続いて、再び片岡秀太郎が舞台挨拶に立ち、仁左衛門が戯れに弾く三味線と自分の歌のテープを聞かせてくれた。仁左衛門の三味線の見事なことよ。それにしても、秀太郎、二日続けてとはサービスのよろしいことで。
第5部終了後、昨日と同じ喫茶店で珈琲。続いて最後の第6部。18時過ぎには終了する。会場を出るとき「お疲れ様でした」と主催者に送り出されるが、なるほど、「おつかれさま」の一言がふさわしい作品であった。全10時間46分。
京都駅まで出て、天下一品でラーメン、と思ったのだが見当たらず。仕方なく、改札入って「松葉」という店で生ビールとにしんそば。
のぞみの自由席に乗ろうと思ったのだが混雑しているのでやめて、ええいままよ、と、弁当とビールを買い込んでこだまに乗り込む。いやあ、空いていること空いていること。
あとは、先ほどの映画の話、昔の話など、散々馬鹿話に花が咲き、弁当にビール(私は2本に留めたが、お相手は5本空けていたが大丈夫か)、八つ橋も一箱平らげてのーきょーさんもかくや、という無駄な盛り上がり。
途中、三井理峯の話になり、政見放送を二人で諳んじていたのだが、途中で分からない箇所が出てきてインターネットで検索検索。
http://tochijisen.tripod.com/
音源と書き下し文まできっちり出てきて、インターネットは文明の利器だね、いい世の中になったね、と大爆笑。いい加減、飽きてきたころに新横浜。帰宅したのは23時半ごろであった。

歌舞伎役者 片岡仁左衛門

第5部。ほとんど目の見えなくなった仁左衛門の稽古の様子、舞台の様子。脳梗塞で倒れたり、目が見えなくて花道から転落したりするのだが、それでもすぐに舞台に復帰する仁左衛門
第6部、いよいよ死期が迫った仁左衛門だが、変わらぬ姿で(舞台では座ったままなのだが)芝居をこなす仁左衛門。もう目は何も見えず、歩くこともなかなか、ままならない。とにかく壮絶、いや、凄絶といって良いのだが、なにしろ仁左衛門が底抜けに明るく朗らかで、半ば惚けたように座っていたのが芝居の話を始めた途端らんらんと目が輝いて饒舌になり、暗さを微塵も感じさせぬ。
90を間近にしても、毎日揚げ物を食い、「昨日はうなぎを」。肉が好き、魚は脂っこいものが。夏は鱧。ビールを飲み、結婚記念のパーティで挨拶し、満面の、どこにも屈託のない笑みで写真に写る。明治座の改築時の口上での仁左衛門、京都南座で41年連続の顔見世興行に臨む仁左衛門…。
いや、これは凄い記録映画。見る機会はほとんどないだろうけど、特に第6部には圧倒された。明治から平成まで、舞台に出続けた役者。その生き方まで含めた意味においては、今では絶対に見ることのできない役者なのだろう。
印象に残ったシーンをいくつか。
お盆のシーンで、仁左衛門は迎え火を炊くにあたって「いきなり炊くと、ご先祖様の都合もありますからねえ」と、必ず昼間、墓参りをして「本日7時半に迎え火をたきますので、どうぞご先祖様一同、お越しくださいますように」と話しかける(話しかけているのが我當ってのがなんか面白いのだが、というか我當、どこの北の将軍様?)のである。それが非常に自然に行われていて、仁左衛門は芝居や芸談はきわめて理知的なのだが、ああ、なんと素朴な信仰心なのだろう、と驚愕した。「ご先祖様の都合も」ってのは、仁左衛門なりの理に適った行為なのですね。
最晩年、見た夢の話をする仁左衛門。夢の中で、何故か大星由良之助と塩冶判官の二役をやっていて、判官が腹を切って由良之助が駆けつけなけりゃいけないのに、自分は判官だから無理だなあ、困ったなあ、と思ううちに目が覚めた、という話。横で話を聞いている奥さんが実に楽しそうで、仲の良い素敵な老夫婦なんである。
そのほか、印象的なシーンがいくつもあって、いつまでも仁左衛門を見ていたい、と思わせる記録映画なのだった。