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日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

ミーソン遺跡へ

朝は6時におきて浜辺をお散歩。朝から海に入っている人達、朝からプールに入っている人達、朝から浜辺をジョギングする人達、欧米の人達はなぜあんなに元気なんでしょうか

朝飯は、果物もびっくりするぐらい種類があって、そのほかとにかく豪華なものであった。スシロールもあったが、当然酢飯ではなかった。そりゃそうですね。そんなにたくさんのメニューがある中で、やっぱりシリアルを食べている欧米の人はやはり良くわからない。
車で出発し、まずは世界遺産のミーソン遺跡へ。ベトナムのチャム王朝の都で、ヒンドゥー教の影響を極めて強く受けている。立派な遺跡なのだが、ベトナム戦争でベトコンが陣地にし、そこにアメリカ軍が空襲をしたので相当部分が壊れてしまった。ベトナム中、そんなのばっかりである。


きっちり残っているもの(それでもかなり修復しているのだが。で、お金を出しているのがなぜかベンツ)がある一方、まったく壊れて廃墟になっているものも

現に今、修復中のものも

まったく廃墟になって草生している建物も、なかなか風情がある

入り口付近には、日本のODAで作られた資料館もあった。

ホイアンの街を

再び車でホイアンに戻り、昼飯。川沿いにある「さくら」というレストランで、経営者は大阪出身のおばちゃんだった。料理も日本人の口に合うベトナム料理で、要するに量が少なめ、味付けが上品。とくに海老のすり身の包み揚げは大変おいしかったのだが、ベトナム料理好きな人には少々物足りないかも知れぬ。いずれにしてもとても綺麗なレストランであった。
それから、ホイアンの街をぶらぶら。ホイアン安土桃山時代ごろ、世界中から人が集まって栄えた港町で、日本人も沢山きたし、ヨーロッパからも、勿論中国からも多くの人がきて住んでいた。ここの街はベトナム戦争時に空襲を免れたので、建物がみな綺麗に残っている。通りごとに雰囲気は大分違う。


だけれども、どうにも、箱庭のようなところにお土産やばかりが並ぶ街並みになっていて、ややテーマパーク然とした雰囲気ではあるが…。欧米人にはとても人気があるようだ。まあ、一見の価値はあると思いますが。
街では、ちょうど、電線の埋設工事をしているところであった。

ここで、日本橋、中国寺院などをながめる。

また、古い歌と踊りも。この踊りちゅうのは、日本の農村の娯楽みたいのとほとんどいっしょですな。なんて歌っているかさっぱり分からんのだけれど、若い娘さんが出てきて働いているので「あたしゃ働き者の村娘よー、嫁にするならこんな子よー」とか歌っているのだろう。んで、上着を脱いで水浴びしていると男が出てきてなんだが仲良くなるという、NHKの「昼の憩い」にも出てきそうな話であった。最後にステージ上みんなで蛍の光を歌ってお別れ。農協主催NHK製作のようなプログラムであった。見ている人はほぼ全員欧米人ですが…

突然振り出すバケツをひっくりかえしたような大雨、さっきまで別のものを売っていたおばちゃんが突然カッパ売りに早変わりする。お土産屋をぐるぐる廻っていろいろと買い込み、車でダナンの空港まで。空港前食堂で麺類をかきこみ、こんどはB767-200ER…これも欧米人ばかり…でホーチミンシティ。

空港を出て車でホテルまで送ってもらうが、スリに注意してください、などと注意喚起をかなりしつこくされた。ホーチミンベトナムでも際立って治安が悪いのだろうか。チェックイン後、疲れてすぐに眠る。