日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

大三島で甲冑と魚となにものかに溺れる

大三島にわたり、島の海岸沿いを通って、まずはご挨拶をせねばなりますまい、と大山祇神社へ。この大山祇神社、“日本総鎮守”を名乗り、そうも大きく名乗られるとなんだか眉唾な気がするけれど古来より崇敬を集めてきたことは眉唾でもなんでもない


島の道路を何気なくすすんでいくと突如現れる鳥居、そして広々とした境内には樹齢2600年と言われる楠。格式のある神社だなあ、という風情が伝わってくる

まずはとにかく参拝しなけりゃ、3人並んで二礼二拝一礼して大変に清々しい。いやまあ、わたしら、別に信仰心が篤いとかそういうわけでもなくてね、地の鬼人へのごあいさつの作法ですからね。でもやっぱり、いい神社は、参拝してすっと顔を上げた時、なんとなーく清々しい風が吹くような気がするのです。さてこの神社、見どころはいろいろあるんだけれど、拝殿の周囲に掲げられている記念写真がまた面白いのです。これは翌朝参詣した折に見たんですけどね

この神社に参拝した人達の記念写真。割合新しいほうから見ていくと、重厚長大産業や財閥系企業の社長と自衛隊の地方総監などが多く、ほうほうと見ていけば、内田康夫先生がいて如何にもな感じ。古い記念写真を見ていると、自然と『突如、予定に無かった東京行きを思い立ち』などと砂の器の一場面を丹波哲郎節で唸りたくなりますね、なりませんかね、わたしたちは全員なります。順番に見ていくとだんだん古くなっていき、おお、ありました、森繁久彌。白い服を着て、キリッとまっすぐに屹立している。なんだか白い服が色あせて、幽霊のようでもあり。そして、他の皆さんには肩書がついているのに、森繁には肩書が無い(笑)。さすが森繁、と頷き合ってさらに時代を遡れば、政治家がどんどん出てきてテンションは上がりっぱなし、歴代首相も続々と、そして戦前へ。
『森繁以外は総理大臣でもみんな肩書が付いてますよ』『さすが森繁』と言っていると、いましたもう一人、肩書の無い人が。三木武夫。参拝の時期は戦前だ。『なんで肩書無いのかね』『この時はもう代議士ですよね?』『昭和18年だから、翼賛選挙で非推薦で当選してるでしょう』などと話ながらさらに遡るとどんどん凄いことになって行き、米内光政は出るわ、秋山好古は出るわ、とうとう山本五十六だの伊藤博文だの出てきて大盛り上がり。そして最後に賜天覧

いやあ、素晴らしい、面白いと堪能。まあ、この写真で盛り上がっている人はあまりおらず、この神社の目玉は、やっぱりその国宝の数々。

国宝館に入ってみれば、古来より多くの武人が献納した刀と甲冑の数々。国宝8、重要文化財75を数える、めくるめく宝物ワールドなんですよここは。入った初っ端から木曽義仲が奉納した刀、巴御前が奉納した薙刀…なんて出てくると、『次は義経5歳のシャレコウベか』と軽口が自然と出てきてしまうんだけれど、ここにあるのは全部本物らしいから恐れ入る…。
大山祇神社 - Wikipedia
なんと言っても圧巻なのは甲冑であり、伝源義経奉納の赤糸威鎧 など、ほつれもほとんどなく、信じられないほどきれい。すっげえなあ、と眺めていると、とにかく出てくるもの何から何まで国宝に重要文化財で、有難味も次第に薄くなり、『ああ、重文ね』なんてことになってくる(笑)
もうひとつ、併設された海事博物館にも。ここには、昭和天皇が研究用に葉山の御用邸まわりで使用していた『葉山丸』が保存されていて、そのほか、いろいろなものが陳列されている。この『いろいろなもの』がなかなか面白い。海に関わるあらゆるものが、ああ正しき“博物館”、そう、大英帝国が植民地から集めてきた珍しいモノタチを陳列していまーす、といった風情で並んでいる。鉱物やら剥製やら…もう、脈略もなんにも無い。あっちこっちから奉納されたものも多く、羅臼からは昆布の剥製が寄贈されており、もうちょっとどうにかならんのか、と思ったり。
沢山の国宝とめずらかなお宝の数々に翻弄されてから宿へ。神社からほど近い、『S』という宿。ここが、その、いろいろと名物旅館らしいのだ…。
入ってすぐに現れる仲居さん、佇まいからして女将さんかな?と思ったが、どうもあとから確認するに仲居さんらしい。踏み込みの強さと距離感の近さが売りですというような接客に若干圧倒されながら、まあフレンドリーですね、ぐらいな印象で部屋に通される。外観は辺地にありがちな古い旅館だな、という感じだったけれど、部屋は綺麗で大変に広くて快適。近所の海水を使った温泉のチケットをサービスしますと言うので、ちょっとお茶で休憩してから温泉へ行く。地元や近くの島、あるいは周辺の宿泊客がみんな集まっていると思しい温泉は大繁盛で、あったまって帰れば、さあ晩飯だ。

こんなにわかりやすくもめでたい屏風も無かろう、という屏風の間に通されると、あなた、この晩飯がですね、ちょっと凄いの。おいら、あんまり圧倒されすぎて、写真撮り忘れた。最初、タコの天ぷらとか、魚の唐揚げとか、なまこの酢のものとか並んでいて、家庭料理風だけどさすがに美味いですねえ、でもこれで終わりだとちょっと寂しいね、と言っている舌の根も乾かぬうちに、さあ煮魚が出てくる、そして刺身が!刺し盛りが!船盛りが!あーたこの船盛りが凄い。ちょっと気のきいた料理屋なら2万円近くも取られそうな刺身の山よ。鯛、オコゼ、イカ、ウニ…その他いろいろ、とにかくオコゼが絶品だなあ。こんなに美味いものだとは。
だけど、これでびっくりしていてはいけない。さらに出てくる焼き物。巨大な皿の真ん中に、立派な鯛の塩焼きがどーん。そして、ホタテ、タコ、エビ、など、新鮮な魚介類の焼いたのがどんどんどーん。食べきれましぇーん。1泊2食で1万円でこれはお得すぎる…。最後には鯛飯が出てきて、これに鯛の塩焼きの身をほぐしてまぜて食べると、なんたる贅沢であるか…。あわわわ。
で、ね。まあ、食事は食事で堪能したんだけれど、仲居さんである…。接客の踏み込みの鋭い、水前寺清子風の50過ぎの仲居さんである。散々料理を褒めていると、恰幅の良い御大にターゲットを定めて『この人好みやわあ』『恰幅の良い人大好き』なんて、まあ抱きつくわ撫で擦るわ…(笑)向かいから見ている2人は面白がって見ているけれど、実際に抱きつかれているほうはかなり圧倒されており、それでも食べることをやめずに汗だくで鯛飯を頬張っているのは流石だと感心しきり。ちょっと目を離したら、御大、この島を生涯の住処にするのではないかと危惧するほど。
やや茫然としつつ部屋に引き揚げて、さすが、じゃらんの口コミで誰もが言及するだけのことはあると頷き合う。あとで口コミに感想を書いておいてね、私のことも書いておいてね、と仲居さん直々のお達し。こうして存在感を誇示しているのだろうか、その結果が、どちらが女将かわからないあの風格になっているのだろうか、などと口さがない。そしてここからは私たちの悪い癖で、まあ未婚者にはみんな同じように接しているのでしょう、一種の名物仲居さんなのでしょうとは理解はしつつも、いやあれはもしかすると別の花代の必要なサービスなんじゃないか、あるいはそういうサービスのお誘いなんじゃないか、などと、まあ酷いことである
そんなこんなで、とにかく腹いっぱいだからもう寝ましょうか、と。御大が部屋の外のトイレに立った時、コンコンと部屋の扉をたたく音。さっきの仲居さんだ―!そんな話をしていた直後だったので、出た―っ!ってなワクテカ感でお迎えすれば、ちょこねんと布団の枕元に膝をついてぺたりと座る。何事やあらん。どうも、御大が狭いトイレでは窮屈ではないか、別に個室の大きいトイレがあるので、そちらをお教えしようか、と親切なお話。親切なお話なのだけれど、ああいう話をしていた直後であり、トイレから部屋に戻ろうとした御大、仲居さんの姿を見つけて顔面蒼白、まさに血の気が引くとはこのことか。『ちょっと散歩してくる』ってこの寒空に浴衣一枚でどこへ…というような言い訳を残して立ち去ってしまう。
しょうがないので代わりに私が案内されて行ってみれば、妙に広い旅館の奥のほう。この旅館は客室にはトイレが無いのだけれど、そこだけ部屋に風呂とトイレがあり、そのトイレを案内してくれた。なるほど、広くてウォシュレットで快適そうだ。ご親切にどうも、と挨拶をして、その部屋の名前をひょいと見上げてみれば、そこは『寿の間』。うっはー。部屋に戻った私、散々尾ひれをつけて吹聴しまくったことはあなたのご想像の通りであります…

まずは備後路からの旅

開けて2月11日、紀元節。若干の二日酔いを抱えながら目覚めてみれば山陽道はまだ闇の中で、姫路を通過したところ。支度をして岡山に下車する。サンライズ出雲サンライズ瀬戸は、ここ岡山で切り離しとなる。大勢の人が、動物の交尾でもながめるように、切り離しシーンを興味深げに眺めていた

さてここで乗り換え、西へ向かう117系普通列車に乗り込んで、まだ目覚めきれない目をこすりながら。今回、旅を共にするのは、何時ものように恰幅の良い御大と尾張の若旦那。私など終始お話拝聴という感じの旅。
これから福山で降りるのだけれど、福山にこれと行った思い入れはない。思い出すのは山田洋次の『家族』において、工場で働いている前田吟の家に寄り道するのが福山でしたね、というくらい。こういう話で打てば響くように話の膨らむのが大変うれしいところ。逆に、こちらが打てば響くような反応を返せず、申し訳ないと思うばかりなんだけれどね。とにかく、なんであんな無茶な行程なんだあの映画、だの、笠智衆のモノマネやらで散々盛り上がる。山田洋次の映画は湿っぽいのが多いけれど、『家族』の乾いた突き放し方はちょっと空気が違っていいですね、なんて話していればもう福山だ。
福山に降りるのは初めて。空襲で丸々焼けてしまった城下町はなんだか掴み所の無い茫洋とした印象で、駅の売店でも一番目立つところに並べてあるのは“もみじまんじゅう”だから名物もあまり無いんですかね、などと話す。ともかく、腹が減っているから朝飯を食べようと駅前を探して、高架下のなか卯でうどん。唐揚げが名物ですっ!と力強くアピールするなか卯は店員さんもつっけんどんで、ここは本当になか卯なんだろうか、味もちょっと違う気がするし…。レンタカーを借りに行けば行ったで、駅員に案内されたのは違う店舗で、ここからは店員さんにもう一軒まで車で連れて行ってもらったけれど、なんだかぼんやりしたイメージを抱えたまま、小雨も降りだした福山の街を後にする。
さて、まずは鞆の浦へ。潮目が変わるため、潮待ちの港として知られた鞆の浦に向かう

港の街は細い路地が多く、なかなか良い雰囲気の街。海際の駐車場に車を止めようとしていると、防波堤の向こうにいきなりうごめく帆船が見えて、御大ぎょっとして、蒸気船をはじめて見た人もかくや、という叫び声をあげたので何かと思う。どうも単なる観光船であるらしいけれど、趣味のイマイチよろしくないことよ…。車を止めて、朝鮮通信使が宿泊したという福禅寺というお寺へ。小雨が降って最初は風景が良く見られなかったんだけれど、やがて短い晴れ間があって、障子戸を開けてくれた

なるほど、小さな雰囲気の良い港ではあるけれどなんということも無いところなんだけれど、切り取ってみると額縁の効果か、朝鮮通信使が『日東第一形勝』と形容したのもなんとなく伺える風景

寺の奥さんがいろいろ説明してくれたんだけれど、すぐ目の前に見える景勝地に向かうための『いろは丸』という観光船の運航をはじめて云々、と説明されて、ああ、あの海賊船の出来そこないみたいのがそれであったか、と納得する。寺には満足して、しかし雨がまた降り始めてとにかく寒いですね、もう街を出ましょうか、と車へ。鞆の浦はいい街だと思うけれど、『いろは丸』という安っぽい観光船はちょっとどうかと思いました…。
車内で引き続き馬鹿話に興じながら海沿いの道を進み、そして尾道。腹が減ったので飯にしましょうと降りて、映画の資料館で小津映画の写真やら、脈略なく置かれた映画パンフレットを見て大笑いした後、ちょっと食べログで調べて評判の良さそうだった朱華園という店に、ラーメンを食べに入ってみた。

朱華園

食べログ朱華園

なかなか混雑しているけれど回転の良いお店で食べたラーメンが、醤油味の濃い、なんとも味わい深いラーメンで、とても美味い。その後に商店街の喫茶店で飲んだコーヒーも大変美味しく、とにかく尾道はよい街に違いない、と結論が出て、やっぱりすぐに尾道を後にする一行であった。駆け足過ぎますネ
ここからしまなみ海道に入って大三島に向かっても良いのだけれど、折角だから船で渡りませんか、という話になり、忠海に向かうことにする。海沿いの道を走ればまた雨が激しくなってくる。途中で雰囲気の良さそうな神社がありますね、と話し、しかし雨脚も強いし…と通り過ぎようとして御大、本日二度目の嬌声を上げる。なにごとやあらん、神社の駐車場に『神功皇后』云々とあるではありませんか。これは式内社に違いないと参拝すれば糸碕神社、であるけれど…。由緒を見ても延喜式内社とは明記しておらず、創祀の年からしたら式内社でもおかしくないはずなんだけれど…といくら調べても延喜式内社との記述が無く、どうも違うらしいと落胆。NHKに当確を出されてぬかよろこびしたのに落選した候補みたいだ、と、さらに西に向かう車内で悪態をつく。勝手な話で、別に式内社だろうと式外社だろうと有難さに違いがあるわけでもないのだけれど、よくよく、信仰も何も無い罰当たりな参拝団であることよなあ。
三原を過ぎて備後の国もここまで、安芸の国に入り、忠海へ。毒ガスの島、大久野島に渡る航路がある港だけれど、別にその島に渡るような有為な旅をするわけでもなく…
青春18きっぷで行くうさぎと毒ガスの島「大久野島」(前編) - メレンゲが腐るほど恋したい
とにかくとにかく、無為な旅であるので、ただただ、大三島に渡るだけなのです。


なんだか寂しいフェリーターミナルで、瀬戸内の航路は軒並み、高速道路の大安売りで大打撃を受けているのだろうなあ、と思う。切符も大安売りで、休日の場合、車両の運送料も割り引きな上、同乗者全員分の乗船券もサービスだと言う。そんなはずはなかろうと間違って買った切符を払い戻して貰ったんだから本当だ。それなりの台数の、大三島にわたる車と、大久野島に渡る観光客を乗せて船は港を出ます。短い航路なので車に乗ったままの人も多いけれど、車に乗ったままでは橋を渡って島に渡るのとたいして変わらないではないか、と我々は船室へ。してみると、利用しているのはほとんど地元の人ばかりなのだろうな。

大久野島で大部分の車に乗らないお客さんが降りて、ちょっと進めばすぐに大三島に渡ります。