読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

今治で昼飯を食べるのこと

四国に渡って、腹が減ったね、と今治へ。繁華街の駐車場で車を止めて、ざっかけない街の蕎麦屋で昼飯にする。

そば元

食べログそば元

伊予銀行の裏手にある、小さな老舗の蕎麦屋。店構えは古いけれど風情があり、正しい街の蕎麦屋という感じで、蕎麦は400円からと安い。私はサービスのセンザンキ定食650円。センザンキって何?と聞いたら、えっ?知らないの?って感じで、唐揚げのことですって教えてくれた。あんまり観光客の入らなそうな店だからなあ。今治から新居浜あたりのでは、唐揚げのことをせんざんき、センザンキなどと呼ぶようだ。
店内にはご自由にお取りくださいのおでんがあって、こういう讃岐うどん屋方式?は四国中で見られるものなのかしら。センザンキ定食は蕎麦とご飯がついてボリュームたっぷりで、そして蕎麦もなかなか美味い。天ぷらそばを頼んだ御大は、海老が非常に美味かったという。おでんも美味いし、そして安いし。東京の老舗蕎麦屋、そばの高さも大概だけれど、あの天ぷらの馬鹿高さってなんなんだろうね。いやほんと、街の正しい蕎麦やってとこで満足しました。
ところで、今治の方言はなかなか面白いみたいですね
今治弁/TOP
御大が、小学校6年生のときに読んだ岩波新書だか岩波文庫だかで、東京で今治出身の人が『今日はやりこう暑いねや、氷でも食べていかんかん』(うろ覚えなので違うかもしれない)と話しているところがあった、とのこと。だから今治の名物はカキ氷ではないか、と、いやそんなはずは無いのだが、念の為、iPhone食べログアプリで調べてみたら、なんと、カキ氷が名物の店がありました
登泉堂

食べログ登泉堂

折角だから食べに行こうという話になったけれど、やはり冬季は供していなようでありまして、残念。蕎麦屋のおばさんに、今治名物はカキ氷ですか、と訊ねてみたが、そんな話は聞いたことありません、焼き鳥なら名物ですが、とのことだった。だいたい、東京で今治の人が氷を食べるという話から、今治名物が氷であると導くのは無理があるのだが、まあいいのです。そして確かに、街中には焼き鳥の店が多いようなのだった。

俗の権化、生口島へ

大三島の宿で目覚めて8時。昨夜は食べ過ぎて、とにかくひたすら、朝まで眠り続けた。今日もあの仲居さんがいるのだろうか、とそっと朝飯を食べに行ったけれど、今日はいないみたい。お仕事でお疲れなんでしょうか。朝飯にもオコゼの味噌汁が出て、白みその上品な味がなんとも溜まりません…。
部屋に戻ってしばらくお茶を飲んで休憩し、10時に出て、まずは今日も、大山祇神社に参拝。朝から清々しい気分になって、しまなみ海道をちょっと広島に戻り、今日は生口島からスタートする。なにやら香ばしい香りのする耕三寺に行こう、ということだったんだけれど、街の中心部に行くと、なにやら様子が変です。どうやら、明日、この島出身の平山郁夫先生のお別れ会があり、その準備やらなにやらで、割合騒然としている様子。そうかー、平山郁夫かー、うーん平山郁夫かー。この島には美術館もあるので、御大を車に残して、若旦那と二人で平山郁夫の美術館へ。御大は広島原爆関係の絵に一方ならぬトラウマがあるようで、平山郁夫だとその手のものがある可能性が…と忌避したのでありました。
ほいでまあ、平山郁夫であるけれど。なんとも俗っぽい平山郁夫の絵、わたくしぜんぜん好きじゃなくて、文化活動については大したものだなあ、と思うんですけれど、べつに絵を見ても、ねえ。ただ、この美術館、晩年のわかりやすいぼんやりとした絵が沢山収蔵されているわけではなく、幼少のみぎりの絵であるとか、比較的若いころの絵が多く、それについては割合、面白かったとは申し述べておきます。
さて、美術館を眺めてから、次にお寺、耕三寺へ
耕三寺 - Wikipedia

遠くから眺めてもなにやら怪しげな空気を醸し出しているこのお寺。成功した実業家が母の菩提を弔うために建立したお寺。その建物の数々が尋常ではなくて、古今東西のさまざまな寺院建築の様式を真似つつ、“独自の”工夫を加えた不思議な建築物の数々が堪能できるわけです


なんだか言葉を失ってしまって…


派手なら良いってもんじゃないと思うの…。それでもこのお寺、登録有形文化財に指定されている建物が沢山あるんですねえ。洒落や冗談じゃ無く、大真面目でやっていてごらんの有様なので余計にたちが悪いなあ、と食傷気味で眺める。宝物殿みたいなのもあったけれど、よくもまあ、これだけ面白くない書画を集めたものだ、みたいな…
地下大洞窟地獄めぐりもありましてね

遊び心に欠ける秘宝館のようなところにぐったりしながら出てくると、目の前にでっかい観音様が!

うわあ。その後、潮聲閣という、これは耕三さんが母のために建てたという屋敷を眺めようと思ったけれど…これはちゃんとした建物のようであったけれど…足を踏み入れた瞬間にコンビニに入ったみたいなチャイムが鳴りだして、なんだか恐れをなして、3人で裏口から逃げだしてしまいました…。なんだか不思議な島でございました、生口島
ともかくにも、進路は一路四国へ。しまなみ海道をすすみ、来島海峡大橋を渡ります

松山城と松山の夜

今治から松山へ向かう道はなかなかの混雑で、松山市内に入っても交通量は多い。ずいぶんと車が多いものだなあ、と感心し、車内では相変わらず、現役最長老の芸能人は誰でしょうね、今文豪と呼べる人は誰でしょうね、などと、あまり地勢と関係の無い話を繰り返しながら、さて着きました松山市内。なんだか、どこへ行っても坂の上の雲一色で、とにかく、坂の上の雲坂の上の雲。宿に辿りつくには少し早いので、駆け足で松山城を訪ねることにする。

街の中の毅然とそびえたつ山の上に、その存在感を誇示している松山城。街のどこにいても見えるお城。全国でも数少ない、現存する天守の一つである松山城へは、歩いて登るか、ロープウェーかリフトで登るしかありません。というわけで、リフトで

リフトを降りてからも結構な坂道を登ると、それはそれは立派な石垣が見えてくる



石垣も、天守も、なんとも美しい寺だ…。一部は火災により消失してしまったようだけれど、それ以外は江戸時代のもの。重要文化財天守閣の上に登れば、松山の街が一望できる

大変堪能して、しかし、このキャラクターは…や、かわいいけどさ(笑)

松山城を観光したのち、5時半頃、宿に入る。道後温泉の『古湧園』は大層立派な旅館なんだけれど、今日は素泊まり。しかもひとり5000円。ぜんぜん期待していなかったんだけれども、それはそれは広い部屋に通されて、畳も新しいし、道後温泉の本館も部屋からよく見えるし

部屋には立派な風呂もトイレもついているし、大層満足。道後温泉の本館も行きたかったけれど、どうも行列するほど混雑しているのでこれは明日の早朝にしましょうということにして。そして入った宿の風呂もよいお風呂で、お湯はさすが道後、柔らかくて飽きない。しばらくのんびりしたのち、今夜の食事は松山の街に繰り出しましょうと、以前、松山で行ったことある店へ、市電に乗ってご案内する
http://liquor.g.hatena.ne.jp/zaikabou/20070501/1178230568
2階に通されて落ち着いていて良かったけれど、どうにも気の廻らない店員さんが多く、そして魚も、いや確かに美味いんだけれど、昨晩の印象が強烈過ぎて…。それでも、魚も日本酒も美味しくいただき、最後の白身魚の炊き込みご飯と『日向めし』の美味さが素晴らしかった。いやほんと、素晴らしかったです。印象がいっぺんに良くなった。そんなわけで、松山の街をタクシーで宿に戻り

今夜もあっとゆうまに御休みなさい…
私は松山の街は好きですね。松江と同じくらい好きかな。城下町の文化がちゃんと息づいていて、荒れてなくて、ちゃんと若者もいて繁栄している地方都市、という印象を受ける。これは松江も共通。交通の便があまり良くないために、独自にちゃんと生き残っているのではないか、と思うのです。