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日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

無為にして贅沢なる一日

3人珍道中の続きであります。6時に目覚め。すぐ近くにある道後温泉の本館から、太鼓の音が聞こえる。登城太鼓だ!あの山の上まで登るのは大変だ!ということではありません。道後温泉の本館は6時に太鼓を叩いて、営業開始となるのです。まだまだ寝足りない御大を置いて、若旦那と二人で出る。宿が用意している草履にて、手拭入りの籠を持ち、まだ暗い道をぶらりと歩き、静まり返っている商店街を横目に見ながら本館まで。オープン直後から沢山の人が吸い込まれていた。
今回も、玉の湯休憩付き800円にする。詳しくは前回の様子などもご覧ください…
道後温泉へ - 日毎に敵と懶惰に戦う
2階の休憩室に通されたけれど、もとより宿の浴衣であるため特段着替えることもなく、そのまま下の階の脱衣場へ。重要文化財にも指定されている玉の湯の浴槽は東西に2つあり、とりあえず東のほうへ。土曜の早朝から芋を洗うようだったけれど、我々が入って直後、朝一入浴組の潮が引いてやや空きとなり、ゆっくりと柔らかい湯に浸かる。念の為、西側の浴槽にも入ってみようと行ってみたら、こっちは本当に芋洗い。逃げるように東側に戻って再度入浴したけれど、裸のまま行ったり来たり、なかなかマヌケな姿なり。そして西側から東側に逃げるとは新鮮。
2階に上がってお茶と煎餅で一休み、ちょこねんと座っている3歳位の男の子が、実に行儀が良くて座る姿勢も堂に入っていて、大層かわいい。お茶か剣道か何か習っているのかしら?というほどでした。さすがに2月、障子戸を開けると寒いね。3階の坊ちゃんの間を少し眺めておさらばしたけれど、3階の個室の休憩室、これは事に及ぶ人もいるのでは…
宿に戻って、髭剃りなどするために今度は宿の風呂へ。昨日と男湯女湯が交代していて、地下にあるほうの風呂も大変広くて快適だった。ホント、素泊まりとは言え、5000円でこんな宿に泊まって良いのかしら。風呂上りにはおみやげを物色。勿論、タルトは一六ではなく、六時屋のほうを購入。こっちのほうが好きなんです。ついでに購入した『山田屋まんじゅう』が、お茶受けに食べたら大変に美味でしてなあ。追加で買っておみやげにした。東京にも直営店があり、デパートなどでも結構販売している、有名なまんじゅうなのですね

薄皮の中の上品なあんこが素晴らしかったです。
さて、風呂から上がっておみやげも買って部屋に戻って…。まだ御大は就寝中。どうも、枕がやわらかくて合わなかったようだ。それはこちらも共通で、どうにも寝足りない感じもする。今日は、夕方、広島に車を返して宮島で宿泊する以外はこれと言って予定は立てておらず、うまくいったら呉の大和ミュージアム江田島兵学校でも見に行こうか、という算段。しかしながら、あまり動き出す気配が無い…。
私はセッカチなほうなので、旅に出ても朝早く起きて、早々に動き出してしまうほうではある。や、勿論、女性と旅行の場合はまあイロイロ別ですけれども、それはともかく。特に今日は朝飯が付いているわけでもないので、なお更だ。お江戸日本橋七つ立ち。だが待て暫し。別に今回は急ぐ旅じゃなし、ましてや、何処へ行くかよりも、誰と行くかのほうが大事な今回のような旅。別に気を急く必要も無い。なんとなく、布団でぼんやりと、お茶など啜りながら過ごすのも、悪くは無い。そんなこんなでずるずると。冷たい雨の一昨日、曇りで寒い昨日と違って、お天気はよく割合暖かく、良い日和だなあ…。
のんびりすると言ってもジャパニーズホテルは10時に追い出されることになっており、御大、一念発起して着替えに取り掛かる。そして出立、さてどうしたものか。松山観光港から呉行きの出航は12時10分、大洲か内子に行って戻ってくる時間はありそうですね、というわけで、急遽西へ向かうことにする。
しかし向かったのはいいけれど、松山市内の道路はなかなかの混雑。プリウスのナビ子さんは、信号とか渋滞とか日本の道路事情にはとんと疎いらしく、馬鹿正直な到着予想時刻を弾き出している。だから、街中をそれなりに走行しているだけで、到着予想時刻はどんどん遅くなる。松山自動車道に乗った頃には大洲は諦めましょう、内子を駆け足で見物しましょうという時間状況。内子のインターで下りて、メインストリートを車窓から見学、ちょっと車から下りて内子座を眺める、わずか5分の観光なり。

帰りも松山自動車道をまっすぐに、車は少ないけれど、片道一車線区間が多いので、なかなか、飛ばすわけにもいかない。それでも到着時間はなんとか大丈夫そうだ。高速を下りるまでは、そう思っていたのです…。

ナビ子さんに従って伊予インターで高速と分かれて国道56号線に入れば、あわわわ、拡張工事中だか何かで、渋滞とは言わないが流れが非常に悪く、無常にも到着予想時間は刻々と遅れていく…。それでも諦めきれない時間を表示し続ける思わせぶりなナビ子さん、相当な海千山千ですよこの女狐め!と憤ってもショウガナイ。とにかく淡々と進む…
が。無策なるままに刻々と時間は過ぎ、やがて硫黄島玉砕、沖縄上陸、広島長崎原爆投下、ソビエト侵攻、嗚呼歴史は誰にも変えられず、遂に御前会議は開かれ、耐ヘ難キヲ耐ヘ、港まで残り3.5km、出港まで5分というところで、終戦の詔勅となりました。思えば宿を出た時点でミッドウェーだったような気もするが、大洲か内子に行きましょうという話が対米開戦のような気もし、それを言うならそもそも、国際連盟脱退は…いやまあ、もうどうでも良い話であり、仕方の無いものは即ち仕方がない。
一旦松山に戻ろうとか、車を乗り捨てて…とか、しまなみ海道経由、など案は出たけれど。乗り捨てはとっても高いことがわかり、結局、衆議一決、予定の二時間後の船に乗りましょう、それまで、松山観光港で昼飯にしましょう、という話に落ち着く。フェリーターミナルで切符を買って飯屋を物色、いかにもな感じのふるーい定食屋、こういうのが案外美味いんだよ、と入ってみたら本当にやる気がなくて大変な目に会う、的な店はまずスルー。ちゃんぽんが名物だという店に入る。あのまま船に乗っていたら船内でカップヌードルでしたもんね、朝飯もちゃんと食べて無いですからねえ、昼飯がきちんと食えてよかったですねえ、みたいな、敗戦のお陰で立派な民主国家になれました的な話をしていると出てきます、御大が大盛り焼きそばと大盛りカレーチャーハン、こちらはスペシャルちゃんぽんと餃子。結構美味しゅうございました。
ターミナルで休憩、おみやげも物色後、呉に向かうフェリーに乗り込むと、みな疲れが出たのか、何の疲れだかよくわからないけれども、一様にぐったり眠る。1時間以上はぐったり。目覚めて出てみれば、瀬戸内海は穏やかだ



やがて船は音戸の瀬戸に差し掛かる
大きな地図で見る

呉と倉橋島の間の細い海峡で、清盛が開削したと伝えられる(実際はもっと以前から船は通れたらしいけれど)、わずか幅90mの海峡。海上交通の要衝なので、船の往来は激しい

新しい橋をかけるための橋脚が出来上がっていたが、橋はかかるのだろうか

呉の港が近づいてくると、製鉄所が見えてなかなか興奮する風景が


しかし、もう船が呉の港に着きますよ、というわけであまり写真も撮れずに車に乗り込み、上陸。そして車は5時までに返さないといけない、宮島の旅館でも晩飯が待っているので、本当に呉でも何も見ず、逃げるように広島に向かうのだった。まさに移動日。広島の新幹線口でレンタカーを返却し、さて。
ここから、普通ならJRで宮島口に向かい、宮島に渡るところ。しかしながら、御大が強固に宮電で行く、という。別に御大が鉄道マニアだとかそういうわけではない。実は御大、原爆に一方ならぬトラウマがあるらしく、本人は日教組の歪んだ教育のせいであると主張するのだが、とにかく、以前は原爆のげの字もいやだ、カメラのフラッシュがどこかで光るとビックリする、という有様で。だからそもそも、広島に来ようということ自体大英断のはずなのに、原爆ドーム前を通る市電に乗ろうなどとは何事かと思うけれど、それがリハビリなのだと言う。JRに比べてものすごーく時間がかかる宮電、それは止しましょうよと説得もむなしく、もうどうせ無為な一日、ちょっと宿の到着時間が延びたところで『お前に食わせる飯はねえだよ!』みたいに言われない範囲ならいいでしょう、ということで、新幹線口から長い地下道をくぐり、宮電の人になる。
電車は次第次第に原爆ドームに近づいて、無口にじっと街を見ていた御大、原爆ドーム前を過ぎてしばらくすると『なんだか胸のつかえが下りたような気がする』と、それは結構でございましたね…。宮電はゆっくりのんびり、宮島口まで、延々1時間10分をかけて到着。すでにとっぷり暮れている。宮島松大汽船のほうのフェリーに乗って宮島に渡り、今日明日は宮島かき祭りだと知り、これは楽しみですね、と入ったお宿は『みや離宮』。お部屋は3日間で一番狭いけれど、土曜日の宮島で2食付き1万円なのだから、まあ仕方がない。で、晩飯でありますよ。これがもう、見事な談林調でありましてな。談林調という言葉を完全に曲解しているような気もする我々であるけれど、前回の伊豆旅行で散々議論したのだが
談林なる一夜 - 日毎に敵と懶惰に戦う
要するに、俗でありきたりで、如何にも昭和な『温泉旅館』でござい、という風情を総称して談林調と言うのである。別に酷いとか不味いとか手抜きだとかそういうことではない。一生懸命にやっているのだろう。やっているのだろうけれど、多くの人の頭の中に描かれる『温泉旅館』をミックスして、とりあえず皆さんに一定程度満足いただけるように具現化するとこうなりますよ、というのが談林調なのである。晩飯は大広間のテーブルに通されて、先付けから一通り、宮島なのでカキフライも出てきたりして、それぞれになかなか美味しい。一頭地抜けるものは無いけれど。そして、何故か蕎麦が出てきたり、鍋が石狩鍋であったりする国籍不明感が談林調であるなあ。なかでもステーキと寿司だけは食べ放題ですと言うのでお代わり。ちゃんと大広間の中でステーキを焼いたり寿司を握ったりしてくれている。その後ろの金屏風に穴が空いているところが郷愁を誘う。で、この寿司が見事なまでに均一に握られていて、刺身の大きさも見事な統一ぶりで、まるで機械が握ったかのような規格化ぶり。一同感心して、御大曰く、これはバイキング造りだね、と。談林調バンキング造り。
お腹が膨れて風呂にも入り、お夜食ですと届けられた

かんぴょう巻きなどを肴に、今宵はだらりと酒盛り。オリンピックの開会式の入場行進を再放送で見られて満足する