日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

八丈島でのんびり過ごす

8時に食堂の営業を開始しますというアナウンスで起こされる。船底には陽光が届かない。食堂は8時スタート、8時15分オーダーストップだと言う。短いな!しかしそれにしても、よく揺れている。昨夜の酒の残りと船の揺れで、どうにも食欲が起きないので、朝飯はパスだ…。ちょっとデッキに出てみよう

よく揺れるデッキから見える空と海。ああ、外洋だなあ。黒潮の真上に浮かぶ八丈島、海の色がとても濃い。そして左舷前方に八丈島が大きく見えている。

だんだん船酔いの兆候が出てきて、船室で大人しく横になるうちに八重根港に着岸。ぼやぼやしていると、早く早くと急き立てられて、はいはい、いま下船しますですよー


十機がどーん、火山岩がどーん、そしてその後ろには八丈富士がどどーん。なんとも雄大で、島流しされても大望を抱いてしまいそう。そしてなんというか、実に殺風景だ。客船ターミナルとて無い。
大きな地図で見る
八丈島はひょっこりひょうたん島のモデルになった島で、人口は9000人ほど。北に八丈富士、南に三原山があり、その中間のくびれ部分が主な居住地となっている。そして東側にある『底土港』が主たる港なんだけれど、風向きによってそちらに着岸するのが難しい場合は、島の西側にある八重根港に着岸するわけであり。今回は、その『八重根港』だったのですね。ちなみに、地図の西側にある小さな島は八丈小島と言い、昔は集落があったけれども今は無人島なのであります。
レンタカー屋にピッキングされて、車で事務所まで。ご夫婦でやっているレンタカーのお店で

ああ、八丈島は警視庁なんだなあ、とか、品川ナンバーなんだなあ、とか、まあ当たり前と言えば当たり前なことを思う。小笠原だって警視庁で品川ナンバーなわけだしね…。お手製の地図で大変懇切丁寧な解説をしていただき、実際、この地図のおかげてその後3日間まったく道に迷わなかったわけであり、うん、よいレンタカーのお店だと思いますよ、フリーダムレンタカー。
車上荒らしに注意してください』『八丈富士のふれあい牧場からの眺めが一番いいです、いつ天気が崩れるかわからないから、早めに行ったほうがいいです』『島を一周する道路のうち、南東のあたりは急坂急カーブで携帯も通じないですから、あまり通らないほうがいいです』などとありがたーいご教示を受けて、さらに『青ヶ島は見えますか』とい聞いたら『天気がだんだん悪くなるころに、末吉(島の南にある集落)からなら見えるかなあ』などと教えて貰って、さて出掛けよう。おじさんのなまりからすると島の出身者では無い模様。北関東あたりか。
車はトヨタ・スプリンター、ナビは無し。ずいぶんと年代物だなあ。もちろん、我々のことなので、風光明媚な牧場などは無視して、まず向かうは島唯一の式内社。『なんだか車高が低くないですか?』『いや、昔の車ってのはこんなもんでしょう』などと話しながら神社前に車を止めて見れば…おいおい、右の前輪がパンクしておるぞい。車高が低いはずだよ。レンタカーのお店にその場で電話。『牧場に行けと言ったのに神社とは何事だ―!とか怒られますかね!』などと与太話をするうちに栃木出身(勝手に認定)のおじさんが代車で駆けつけて、スローパンクなのでなんとか走れる車で引き揚げていった。代わりの車はトヨタ・カローラ、こちらも年代物であります。
さて、神社だ

優婆夷宝明神社は延喜式神名帳に記載のある神社
優婆夷宝明神社 (八丈島)
境内にソテツがある、なかなか不思議な雰囲気

拝殿

本殿は石造り

二礼二拝一礼でおまいりすると、さて、私たちの旅の目的はもう過半が達成されたようなもので、困ったどうしよう。『午後の飛行機で帰ろうか』などと冗談も出る始末。どちらにしろいくらでも時間はあるので、島の南側にあるという温泉に行ってみませんか、ということになって車を走らせる。実によく整備された道路…公共事業が主要産業なんだろうなあ…を反時計回りで南へ。途中、樫立の集落にある、あす明後日と祭礼らしい土地の三島神社


不思議な石組みに感心したのち、『千両』という店で遅い朝飯。そばうどんその他家庭料理の食堂だけれど存外に美味く、やっと人心地。さらに服部屋敷というところを見物

波に洗われた丸い石を組んだ、玉石垣が面白い。親切丁寧に解説していただいたけれど、なんというか、観光地としても暢気というか、あまりやる気がないというか、あまりやる気を出してどうこうなるものでも無いのだろうけれど、とにかくだるーん、とした雰囲気に結構好感が持てるのであります。ほんと、南の島に来たみたいだよー。南の島なんだけどね。
さらに南下して、最南端の末吉という集落にある温泉『みはらしの湯』にやってまいりまして

塩分の大変強い露天風呂から眺めが、まさに名に恥じぬみはらしであり、海をみながらのんびりと過ごす。なにしろ時間はあるのだから…。風呂からは写真撮れないけれど、座敷からみるとこんな感じ

ずいぶんと長い時間、のんべんだらりんとして、さて出立。行ってはなりませんと言われば行ってみたくなるもの、このまま反時計回りに島を一周しましょう。たしかに『急坂急カーブ』ではあるものの、言うほどではない。島の人の基準だと、これでも悪路の部類なのだろうか、公共事業に恵まれた島だな!などと悪態をつきながら辿りついたのは『登龍峠展望台』。ここからの眺めが素晴らしい

八丈富士、左奥に八丈小島、そして手前の街。大変すてきな風景。空が高くて気持ち良い、色もきれいだなあ

一緒にレンタカーを借りていたご夫婦?もこの場におり、みんな言うこと聞いてないね、などと笑いながら、また街に降りる。この後、歴史民俗資料館に行って流人についての話のネタを仕入れたり


八丈島行きの流人は宇喜多秀家にはじまって2000人近くに及ぶようだけれども、一旦三宅島に流されてから八丈島に向かうことになっており、三宅島で親切ごかしに身ぐるみはがされるのが通例、みたいな記述がちょっと面白い。三宅島と八丈島は今も仲が悪いのでしょうか(勝手な妄想)
さらに、玉石垣ふるさと村というところも

この丸い石垣、ほんとうに見事であるな。

ふるさと村は八丈島の伝統的な民家で、前で太鼓など叩いておったですよ。この太鼓、音が太くてなかなか良いリズム

さらに、道路沿いにあって注意しないと見過ごしてしまう為朝神社にもおまいり


説明書きをおちおち読んでいると、車に轢かれてしまいそうだ。とにかく八丈島はどこに行っても車の通りが極めて多く、その道路の整備具合と相まって

とにもかくにも、車がなければまったく暮らせない島なのだろうなあ、としきりに思うのだった。その後は、日曜日で休みの店が多い中、営業しているスーパーあさぬまで晩酌の酒をお買い物。
八丈島からさらに南へ70kmの青ヶ島、人口200人に満たない日本一小さい村で作っている焼酎『青酎』を仕入れる。漢字で『青酎』と書かれたものと、ひらがなで『あおちゅう』と書かれたものがあり、どう違うんですかね、と言いながらひらがなのほうを買った。実は青酎、もとは各家庭で勝手に作られていた密造酒に近いような代物であったそうで。現在でも『青ヶ島酒造合資会社』が作られてはいるものの、言わば販売や納税のための管理会社であり、製造は民宿などがそれぞれで行っているとのこと。10軒ほどで作られるその焼酎は、モノによっては別物でも同じラベルで出荷されるため、味が違ったりする、それがまた面白いらしい。
しかし、それを知ったのは後からのこと。この時はそんな知識はなく、2種類あるけどひらがな『あおちゅう』ラベルのほうにしておこうか、と特に考えずに買ったのだった。
さらに寄り道は書店へ

終業時間は不定…なのだろうか。島の言葉について面白い本があったので購入して、本日のお宿は国民宿舎『サンマリーナ』

あまり設備に期待するようなお宿ではなく、部屋に冷蔵庫とて無かったし、お風呂のボイラーも早々に火を落としてしまっていたものの、テラスから眺める風景ななかなか見事で

晩飯には島ずし(魚を醤油漬けにして、山葵のかわりに辛子を使った鮨)やら、舟盛りやら、あとは家庭料理的ではあるけれどもとにかく量が大変なことになっており、そして美味かった。食べ終わったら動くことができず、寝るしかなかったくらい。そして夜なかには、かつてこれほどまでに明るい月を見たことがあるだろうか!というような月、その光が海に落ちて、なんとも幻想的だったのだ。この晩、少し飲んだ青酎が美味かったけれど、その話は、3種類を飲み比べた翌日の晩に譲ることにしましょう