日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

関宿から下仁田まで


より大きな地図で 北関東の旅 2月11日〜2月13日 を表示


今年の紀元節も、恒例の珍道中に出かけることになった。
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毎度、行き先選びが楽しみで、佐渡能登などの案も出ていたのだけれど。下仁田にいい宿がある、という話から、北関東にしましょうか、という話になる。旅先としてあまり選ぶ機会が無い北関東。あっても温泉だけ、とか、日光だけ、とか、点への旅となりがち。わたくし個人としても、うん、あまり行ってないかな
行き先別旅行記 - 日毎に敵と懶惰に戦う
今回は、単体の目的地としては行かないだろうけれど…というような神社、史跡の類を線で繋ぎ、落穂拾いのような旅にしましょうか、ということになる。それもまた面白い。
旅立ちは春日部から。3連休に雪の予報が出ており、北関東に向かうのは若干不安であるけれど、まあなんとかなるでしょう。7時前に家を出て、桜木町から横浜、東海道線で新橋、銀座線に乗り換えて浅草。東武沿線に行くなら、折角だから浅草から電車に乗りたいではないですか。浅草から乗ったのは東武快速。ご存知の方も多いでしょう、特急とほとんど変わらない停車駅と到達時間で、日光や鬼怒川、会津方面に直通する電車。2扉のクロスシートなんだけれど、追加料金がかからない。
3連休の初日、車内は観光地に向かう人たちで埋まり、いずこのボックスでも既に宴会がはじまっている。この電車を昔から知っているお年寄りの団体さん、どこでこの電車の話を聞いたのか外国人留学生の皆さん、車内は和やかなムードで、昔の国鉄の急行はこんな感じだったのかなあ、と思う(座席のすわり心地やゆったり感などは、この東武快速のほうが遥かに良いでしょう)。とにかく、値段だけの問題ではなく、雰囲気が非常に良いのですよね。ずっと続いて欲しい列車。

ほぼ満員で浅草を出て川を渡り、雲の上にほとんど隠れてしまっているスカイツリーをかすめて北千住、さらに乗客を乗せて列車は進み、越谷を過ぎる頃には植栽や車や屋根の上が白くなってくる。春日部に到着してややあって、後続の列車から降りたお二人とも合流。少し腹を満たしたいけれど、9時になってしまう!と急いでスタッドレスタイヤのレンタカーを借りて、さあ出発しましょう。
ラジオで聴くは、勿論、TBSラジオ大沢悠里のゆうゆうワイド。そして金曜日9時からは『お色気大賞』がありますからな!本日は傑作選で、いやもう、名人芸としか言いようの無い大沢節、円生の真似まで出て、車内抱腹絶倒、だいぶん空気も暖まってきたころに江戸川を渡って千葉県、関宿に入る。最初の目的地は終戦内閣、鈴木貫太郎記念館。

特に入場料も徴収していない記念館で、野田市教育委員会の管理とのこと。かつては関宿町だったけれど、今は合併で野田市なのですね。今後もこの旅は、平成の大合併に散々悪態をつきながら進むことになるわけです…。海軍兵学校の席次表だの、海軍時代の軍服、昭和天皇が子供の頃のお召し物、侍従長時代〜二・ニ六事件関連資料、総理就任から終戦までの資料、戦後、宮内庁からの呼び出し状(字の見事なこと!)などなど、興味のある人には面白いけれど興味の無い人には何にも面白くない資料の数々を、我々は大変興味があるので堪能したのでありました。鈴木貫太郎と言うと、やっぱり、『日本のいちばん長い日』の笠智衆が印象深いですねえ。
記念館を出て、続いては間近に見える天守閣に向かう。

これは千葉県立関宿城博物館。3連休の初日、他に訪れる人とて無い、雪の降りしきる静かな博物館…。大丈夫なんかな、これ。中の展示は、関宿の土木史に関するものが中心。
関宿は江戸川と利根川の分岐点にあり、江戸時代には水上交通の大要衝だったわけですね。利根川から江戸川に下る船も、東北方面から太平洋を南下し、房総沖を避けて利根川を遡ってから江戸川を下る船も、すべてこの関宿を経由したわけです。ただ、それは大規模な土木工事の賜物。かつての古利根川東京湾にそのまま注いでおり、関東平野の洪水の原因になっていたため、利根川の流れを太平洋に流す工事が何段階にもわたって行われた。この博物館は、その工事に関する資料、解説が非常に豊富で、なかなか面白い。
関宿藩の殿様に関する展示がまったく無いね、と話しながら、再建された天守閣から見渡す限り真っ白な関宿の街を眺める。水上交通が衰退すると、当然、関宿は衰退したわけで、大河川に挟まれた立地も相俟って陸の孤島のようなところになっている。鈴木貫太郎も、晩年はこの関宿で農業酪農の指導にあたったそうな…。
天守の2階に降りてくるとようやっと関宿藩に関する資料があり、中でも皆で喜んだのは幕末の『知藩事鑑』、大藩から小藩にいたるまで、藩主の姓名がすべて列挙された資料で、例の『源朝臣』だの『菅原朝臣』だのが付くやつですね。ほとんどは『源朝臣』だけれど。これ欲しいねえ、どっかから復刻出てないかしら?と盛り上がるも、ネットで調べたら現物が最低2万円から売られているだけで、その値段ならいらないのです…。

関宿をあとに、今度は利根川を渡って茨城県に入る。こちらはあまり雪が無い。江戸川を渡る前の埼玉県にも、利根川を渡った後の茨城県にもあまり雪は無いのに、川に挟まれた千葉県には雪がある不思議。川で隔てられた気候というのもあるのだね。そろそろ腹も減ってきたので街道沿いの蕎麦屋で早めの昼飯を済ませ、平将門を祭った国王神社…に辿り着く前にまた大沢悠里お色気大賞がはじまったぞ!神社前でしばし車を停めて存分に楽しんだ後に参拝いたしました。この旅最初の神社、式内社ではありませんけれどもね


将門と岩井と純白カラー、日本ビクター、って、なんなんだろうか

さて、この時点で昼もだいぶん廻っている。このまま下仁田の手前、多胡碑を目指すのだけれど、ナビ様にお伺いを立てても、久喜辺りから東北道に乗りなさい、的な面白くないお答え。こっちは北関東の旅をうろうろするのが目的なのだから、なるべく下道で行きましょう。国道354号線北上し、栗橋で利根川を渡って再び埼玉県。あとはひたすら、国道125号線を西へ西へ。
加須、羽生、北関東らしい風景が続くなあ…そして行田…おおそうだ、行田といえば忍城。水に浮かぶ城。面影なりと残っているのかしら、とバイパスを外れて行ってみれば、うーむ、天守閣を再建した建物と、それに付随する資料館があるものの、ピカピカ綺麗で趣が無く、甲冑姿でお出迎えする人たちがワラワラといて、ちょっと逃げ出したい気分…。資料館も郷土資料館の定石をなぞった、総花的であまり面白みの無い資料館でございました。この後の多胡碑の資料館などでも感じたことですが、やっぱりワンテーマで押し切る資料館のほうが面白いよね…。資料館から天守に向かう廊下は嫌がらせかと思うほど窓が開け放たれており、寒いのなんの…。
さて、またかなり時間を食ってしまったぞ。このまま下道を通っては何時に着けるかわからない。仕方が無いものは即ち仕方が無い。125号線から17号に入って熊谷の駅前を通り、140号、秩父往還を西進。花園インターから関越自動車道に乗れば、まあ、高速道路の速いこと、面白くないけれど。藤岡から上信越道に入り、吉井インターで降りて、多胡碑に向かう。
多胡碑は日本三古碑の一つで、書道に興味のある方には有名でありましょう
日本三古碑 - Wikipedia
711年に、多胡郡が設置された事を記念して建てられた石碑。お堂に守られて、極めて良い保存状態で残っている

見事な書体で刻まれた碑、1300年前のものが、これほどの状態で見ることが出来るとは。この付近に古い碑が沢山残っているということは、保存に適した石を産したから、ということもあるのでしょうね。

この多胡碑の近くに立派な資料館があり、多胡碑に関する展示になっているわけですが…

この資料館が凄い。日本三古碑、上野三碑をはじめとして、日本各地にある古い碑、中国にある碑の模型、あるいは拓本のオンパレード。もういいよ、って勢いで、とにかく碑!碑!碑!拓本!拓本!拓本!じつに潔い展示内容になっている。いろいろ話題の、広開土王碑の拓本までありましたよ。でっかいんだねー。あまりにもケレンの無い展示内容に呆れつつも笑ってしまい、そして感心したのでありました。一つを突き詰めた資料館ってのは、面白い。
外に出ると、書道のお手本としても名高い碑ならでは、碑から抜き出した四文字での書道大会が行われているらしく、各回の最優秀作がきっちりと刻まれたレリーフになっておりましたよ


なんだけど、四文字を抜き出すと『郡成給羊』あたりが綺麗なんだけれど、そればっかりだとつまらないのでいろんな個所を抜き出すんでしょうね。『太政官二』とか、そもそも熟語にもなんにもならんだろう…みたいな抜き出しが多く。『穂積親王』は確かに四字で収まるけれどしかし、1300年もたって改めて石に名を刻まれるとは穂積親王も思わなかったでしょうね、などと談笑。多胡碑をいろいろと堪能いたしました。
さあ、そろそろ宿に向かわなければ。下仁田に向けて国道254号線を西へ。途中で酒とつまみを補給して、下仁田駅前にたどり着く。古い駅舎がとてもよい雰囲気

そして、本日のお宿は駅前にある『常盤館』というお宿。同行の人が、冬に宿泊してすき焼きの美味さに感激し、これまで3度も宿泊した、というお宿

すぐ駅前にあり、歴史のある建物はとても風情がある。中に入っても帳場の雰囲気もとても良い。

3人なのに、2階の次の間付きの部屋に通され、座敷が10畳、布団が敷かれた部屋も10畳あるだろうか。とにかく、建物は古いけれども掃除が隅々まで行き届いている

すっかり気に入り、部屋で茶などすすって一息ついてから風呂に入り、さあ、お楽しみのすき焼きは…まず肉がすごい、上州牛が…

先付けにすき焼きだけの潔さ。この先付けの、下仁田ネギの甘さにまずびっくりする。仲居さんが最初のうちは作ってくれて…

うひひひ、あのね、これね、凄い。もちろん上州牛も美味いんだけれど、下仁田ねぎが、もう!ぶっといネギをくたくたになるまで煮ると、その甘さたるや、完全に肉を凌駕するお味。うふふ、3人ですっかり笑顔になり、ビールが進む。野菜も肉もかなりの量があったのに、これは追加を貰おう、絶対に貰おうということになり、肉2人前と野菜を追加。この追加の盛りの良さたるやびっくりするほどで、野菜は山盛り、肉は枚数こそ2人前かもしれないけれど、厚みが違う、量から言ったら3人前よりも多いんじゃないの?あ、上の肉の写真が、追加した肉ですよ。
追加分もうははははっは、と食べ進み、出てきたご飯はおひつに山盛りだったものを3人で平らげて、動けないほどになったがとにかく至福、至福。翌朝見たら追加分のお会計が、ほんとにこれでいいの?って値段でしてなあ。絶対にこの宿はまた来るぞ!冬に!
よたよたと部屋に戻り、しばらく休憩。ややあって酒宴がはじまり、日本酒をあけながら、相変わらずの三井理峯談義(この3人で集まると、三井理峯の話題を5分と我慢できないのです…)。youtubeで、相変わらず解明されない理峯の言葉をああでもないこうでもないと議論し、桂米朝の食の招待席を見たり、あるいは翌日巡る式内社を検討したり、そんなこんなで、夜は更けて行くのでありました…