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日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

下仁田から川治温泉へ

おはようございます、下仁田の朝は冷え込んで、布団から出たくない…。この宿はふとんもふかふかで気持ち良いのだけれど、少し短いのが難ですね、身長がある人は対角線で寝ていた。外を見ればそれなに雪が積もっている

8時に朝飯。これと言って際立った物があるわけではないけれど、どれも心配りがあって美味しい。着替えて出掛けて9時半、とてもいいお宿でした。3人で動けなくなるほど、とんでもなく美味いすき焼きを食べて、ビールもたらふく飲んで、1泊2食の総計で4万円いかなかった。歴史のついた建物も素晴らしく、大変に良いお宿でした。冬の間に、すき焼きを指定して宿泊することをオススメします
くつろぎの老舗割烹旅館・元祖こんにゃく料理・名物下仁田すき焼き | 群馬県下仁田町「常盤館」
宿を出て、さて

まずは254号線を東へ。今日は集中的に式内社を巡ろうと、事前に下調べをしてiPhoneに登録してあるぞ。まずは富岡、宇芸神社へ。国道から脇道に入るとこれが参道か、すぐに鳥居があり、車でくぐって進めば

石段を上がった高台にある神社、御大は仰拝…とは言わないか、遥拝にとどめるというので残り二人で石松代参、石松じゃないけど、とにかくキツイ石段を登ってみれば、なかなか趣のある良い神社でございまして

二礼二拝一礼、作法に則って参拝すれば、石段の下のほうからも柏手が同期する。末社摂社が沢山あり

このように末社摂社が沢山あるのは、いかなる歴史的な因縁によるものか、いろいろ考察が出来るのでしょうかここでは先を急ぎます。次に、やはり富岡にある貫前神社、こちらは上州一ノ宮。本来は石段になっていたであろう道、車が通れる急な側道を登ってみると、あら不思議、坂道を登ってきたのに、本殿拝殿に向かっては石段を下るのであった

さすがに上州一ノ宮、大変立派なお宮でして

参拝して後、宝物殿があると書いてあるので、一応行ってみましょうか、と言いだした人の慧眼たるや。社務所に声を掛けて、鍵を開けてもらって見学。1階には戦国の武将などから寄贈されたお宝、重要文化財の鏡、あるいは今でも毎年行われている鹿角占いに使われた鹿の角など、なかなか面白いものもあったのだけれど…どうも、2階からタダナラヌ空気が漂ってきていると御大が。恐る恐る階段の上を覗きこみながら、あなたちょっと見てきてください、と御指名。応えて先達を務め、階段を上って、パッと、目の前の壁にいくつか絵がかかっており、なんだろう?と振り返ってみると…しばらく、異様さは感じるのだけれど、何なのか呑み込めなかった。壁一面に同じサイズの肖像画がひたすら並ぶだけの部屋。ハッと我にかえり、これは大変と下に声を掛ける
『あ…歴代の、歴代の天皇の肖像画が、全部、並んでいます!』
それを聞いた御大と若旦那の二人、目をランランと輝かせて、狭い階段を押し合いへしあい我先に掛け上がり、振り返って3人で大爆笑。なんだこれは、実に禍々しい。あとはお楽しみタイム。天照大神が最初に鎮座ましまして、神武綏靖安寧懿徳、誰かモデルでもいるんだろうか、という不思議な顔が並ぶなかを

反正天皇の肖像画を生涯で見る機会が訪れようとは思いませんでしたよ…などと言いながら、一人ひとり、肖像画を肴に話が盛り上がるのであります。この2人は同一人物なのに顔を同じじゃなくておかしいだろう…こっちは出家姿なのにこっちが出家姿じゃないのはおかしいだろう…これどう見ても子供じゃないよね…。安徳天皇の肖像画を見ただけで大笑いしたり、だんだんテンションがおかしい感じに。この肖像画は佐川清寄贈によるものらしい。そして最後に明治以降の

最終的に、この肖像画を描いた人は下手糞なんじゃないですかね、という、どういう結論だよ、という結論に。いずれにしろ、小一時間たっぷり楽しませていただきました。ありがとうございます。

大笑いしてすっかり楽しみ、ちょっと時間を掛けすぎてしまった。富岡製糸場は、建物を外観だけみるだけで良いですかね、ということになり、狭い道に入り込んで建物を眺めるだけにし、富岡のインターから上信越道に入る。そのまま関越自動車道北関東自動車道北関東道なんて生涯はじめてだよ…。ひたすらに東へ。太田藪塚というインターで下りて、桐生市の市街地に向かいます。道々、桐生の美味い物は何か無いかね、というので食べログその他で調べると、ソースかつ丼が名物らしいですよ、どこでもあるよねそれ。幅の広いうどんがあるみたいですよ、それにしようか。幅が10cm以上あるらしいですよ。なんだそれは。幅が10cmで長さが数ミリとかいうことじゃあるまいね。横にしただけじゃないですか。
この3人だと、昼飯は自ずとそばうどんかうなぎか寿司か…みたいなことになります。桐生市の旧市街(新市街があるのかどうかは知らない)、とても小さな三越(実は江戸時代からある由緒ある店舗らしい!)を過ぎたあたりにあるこの店へ

藤屋本店

食べログ藤屋本店

なかなか混雑していて、少し待って食事。ひもかわと呼ばれる太いうどんはなかなか美味しかったけれど、10cm以上の幅がある必然性はよくわからず…。郷土料理のおっ切り込みにいれるうどんが元来らしいですけれども。とにかく、蕎麦もなかなか美味しい店でございました。この店で『ニューウェーブ談林』について話が弾んだのだけれど、説明すると長くなるので省きます。店を出て、さきほどの三越脇を曲がると、街中にある式内社、美和神社へ

左の鳥居の先にちいさな神社があり、そちらが式内社なんだけれど、あとから右側に出来た西宮神社のほうがはるかに立派です。庇を貸して母屋を取られるの喩。桐生西宮神社は商売の神様であるので、えびす講は大勢の人出で大変に賑わうとのこと。我々参拝団は式内社にだけおまいりして(狭量であります…)、辞しましたです。この桐生の町並み、やはり繊維産業で隆盛を極めただけありまして、どこか趣きがあり、シャッターが並ぶ今日においても、どことなく文化の香りがしたりするのです。刃物の店の張り紙にまで…

国道50号線を南東に下る。それにしてもこの、桐生太田足利館林佐野というあたりは、群馬なのか栃木なのか、境界線がよくわからない。実際に地元的にも、『両毛』という地区であるという意識があるようですね。さらに進むとすぐに埼玉県の加須や茨城県の古河に入ってしまったり、ちょっと川を下れば千葉県の野田、ほんとうに県境がややこしいあたりでありますなあ。桐生市内でもう一社、賀茂神社

これは

後背の山の空気が良く、参道の雰囲気も素晴らしい。ケレンが無く神々しい威厳を保っている


立地、参道、社殿、文句のないよい神社。心があたらまる感じがいたします。今回の旅で一番のヒットだったように思います。清々しい気分になって、次に向かうのは館林市内、NPO法人足尾銅山鉱毒事件田中正造記念館。御大が
『わざわざあたまにNPO法人を名乗るあたり…。活動家みたいのが出てきて、署名しろだの支持政党を変えろだの言われないか、心配ですよ』
などと、いや行こうとおっしゃったのはあなたじゃないですか、などとわあわあ言いながら辿りつけば、おお、これは…

本当に有志と寄付を支えに細々とやっておられるのでしょうなあ。バラックのような建物。これは予想以上…と少しく不安を覚えながら中に。雑然としたなかに足尾鉱毒事件、田中正造の事績などの解説が、文化祭の展示のような感じに貼ってある。地元のお年寄りが懇切丁寧に解説してくれるのだけれど、このおじいちゃん、説明1に対して咳き込む1という感じでなかなか進まず。ああ、今も鉱毒被害は深刻なのだ…と勝手に納得してしまうくらいで。いずれにしても、田中正造がいかに土地の人間に慕われていたか、が、よくわかる資料館ではありました。佐野の厄除大師で行われた葬式の行列が、近郷近在の村から数万の人出であった、とか。係の方は、体大事にしてください…。
それにしても、おばさんや目つきの鋭い中年男性でなくて良かったですねえ、などと言いながら、いや、何が良かったのかは敢えて申しませんが、とにかくも佐野市内にある田中正造旧宅もちらりと見て、佐野市街地を抜け、東北自動車道沿いの県道を北上。本日最後の式内社、岩舟の村檜神社

深い森に囲まれた、これまた良い空気に包まれた神社、しかし石段が長いので、またしても遥拝の御大の代参でありますよ。石段をあがると、なかなか立派な…拝殿が無く本殿だけの構造、春日造か春日流造か

参拝をすませて石段を見下ろすと、御大が遥拝しているところでありました

さて、そろそろ、川治温泉に向かわないと時間が。栃木インターから東北道に入り、宇都宮へ。日光宇都宮道路にはいれば、次第に雪が深くなる

今市で下りて国道121号線を北へ。スーパーで酒を補給してさらに北へ。大きなビルのホテルがならぶ、しかしながら遠目にも寂れた感じが伝わってくる鬼怒川温泉を過ぎると山深くなり、しばらく走れば川治温泉、登隆館に着いたわけでありますが…

ここまでの道々、実は御大が一度、この宿に泊まってことがあり、『温泉は素晴らしい。白米は美味い』という『は』に大いなる不安を覚えながら辿りついたわけでありまして…

ロビーに入ると、ああ、これは。高度経済成長期に急いで建てられて、近年は改修する費用もろくろくないままに、ひたすら古びていっているのだなあ、ということが良く分かるお宿。あと30年くらいこのままなら貴重な文化遺産になるだろうけれど、現時点では…。無定見に増築をかさねたような不思議な構造の廊下を奥へ奥へ進み


それにしても、掃除が行きとどいていないというか、剥がれた壁はそのままに、すすけた壁もそのままに。部屋の構造もなかなかに不思議で

部屋に入ると、左側にベッドが二つ

部屋の奥に進むと、窓際にベッドがまた二つ

振りかえると


畳の間が。こういう構造はなんなんだろう?畳の間から、入口わきのベッドスペースに出る別のルートがあったり

やはり一時期の流行りなのだろうか。スキー場の名ばかりのホテルに行くと、時々見ますね、こういう部屋の構造。それにしても、畳に座ってみると、しみじみと汚いなあ、という、ほんとうにしみじみと。見えるところは一応掃除されているのだし、あまり気にしなければ見えないところまでわざわざ見てみよう、石をめくってだんご虫がワラワラ出てきたのを見て『うわあ』って言うような小舅をやるつもりは毛頭ないのだけれど、それにしてもベッドのわきの壁とか凄い

御大が、17年前に泊まった時の部屋のカビ臭さなどについて滔々と語るので、だったら宿の名前を聞いた時に注意してくれればいいじゃないですか、などとキャッキャウフフ大騒ぎ。その時は布団もカビ臭かったらしいけれど、ベッドの上の布団は悪くなかったことはお知らせしておきます(マットレスが柔らかすぎて寝心地は悪かった)

しかししかし、どんなに宿がぼろくても、それを補って余りあるのがここのお風呂でございます。広い広いローマ風の風呂に入れば、お湯はやわらかく、そしてぬるい。ぬるいのでずっと入っていると次第にじわりじわりと汗が噴き出してきて、20分も浸かっていれば体が中から温まり、陶然となって、風呂から上がってもいつまでも湯ざめしない仕掛け。これは素晴らしいお湯だ。本当に素晴らしい。
風呂からあがって、晩御飯は部屋食。ちゃんと部屋まで運んでくれるんだから有難いことではありますが…。テーブルがあまり広くないのでどうするのだろうと思ったら、御膳なのですね

内容がイマイチなことについては、まあ、楽天トラベルの安いプランにしたので、そこはさっぴいて考えてくだっさい。どちらかと言うと不思議なのは御膳の並べ方で

トイメンとの間に暗くて深い川があるような並べ方は宴会方式とでも言うべきか、間にお酌でもしてくれる人がいる前提の並べ方だと思うのだが…。だいたい狭いので、ビールを注いだりごはんをよそったりで出ていくたびに、自分のお膳を跨がなければいけない。うーむ。そして由緒正しい、引き抜くと自動的に課金される冷蔵庫から取り出した瓶ビールは、栓を抜いたとたんごぽごぽと噴き出した!もうちょっと落ち着いてから開けたほうが良かったか。それにしても、製造年月日が半年近く前と言うのは、誰も冷蔵庫から取り出して飲まないのだろうなあ…。
白米はなるほど美味しかったし、食事も悪くはなかったし、お値段も安かったのであまりどうこう言うつもりはありませんし。とにかくお湯はすばらしく、レトロなで不思議な雰囲気は味わえるのだし。それにしても、温泉という素晴らしい資産を活かしきれないまま、前にも後ろにも進めずに、安宿としてなすがままに朽ちていく感じで、かなり歯がゆく感じお宿なのでありました…。
晩飯を早々に済ませて、後、だらりだらりと楽しい宴会を何時間も。寝る前にももう一度温泉にゆっくり浸かって、おやすみなさい…