日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

地震にあって、東京から帰宅難民日記

7時過ぎに起床、どうにも眠たい…しかし出掛けよう、としたところで、昨夜炊飯器のスイッチを入れたまま寝てしまったことを思い出した。冷凍庫に小分けにつめて、さて出掛けましょう。午前中は年度末の処理いろいろ、昼飯を食って、昼すぎに出掛ける。
電車を乗り継いで神谷町の駅に着き、ホームから階段を上がろうとしたところでブザーが鳴り、電車が止まる。だれかの悪戯かな?と思いながら改札を出て、階段を上って外に出ると、地面が揺れている…。こんな揺れははじめてだ。電柱や電線がすごい揺れ方をしている。みんな建物から出てきて、なるべく建物から離れようと、国道まで出てきている。その中を縫って歩き、東京タワーまでたどり着くと、ここもエレベータが停まっており、不安そうにしている大勢の人。客先で打ち合わせをする予定だったが、テレビでは大津波警報を流し続けている。しばらく待っている間にも大きな余震が何度も来て、扉を開け放して逃げる体制を取ったり、これは打ち合わせになりません。その間にも、テレビからは津波第一波の酷い映像が流れてくる。ちょっと確認事項だけ話をして、おしまいにした。東京タワーの先端が曲がったことを知ったのは、大分後のこと。
そうは言っても、電車はまったく動いていない。震度が7だったとか、余震は別の地震だとか、twitterを見ているとさまざまな情報が流れてくる。twitter凄い。とりあえず、六本木方面に歩きだす。あちこちのビルから人が外に出ており、駐車場などには避難した人が集まっている。スプリンクラーが誤作動したのか、水がぼたぼたと垂れているビル、窓が割れたからか、警察官が身を乗り出して何事かしているビル。
ともかく、国立新美術館にたどり着く。電車が動くまで、ここで時間をつぶそう、と思ったのだ。この4時前の時点ではまだ営業が続いており、シュルレアリスム展のチケットを買って、中へ。ロビーには大勢の人が集まっている。展覧会は誰もいないかと思ったが、それなりに人がいて、思い思いに見物していた。それにしても空いているので展示を堪能。途中、余震が何度かあり、余震が続くので2階より上の人は避難してくださいとの案内もあり。最後まで1時間半ほどかけてゆっくり鑑賞し、大いに満足して出てみれば、ロビーにはさらに大勢の人、中には床に座り込む人もおり、電車はまだまだ動かない様子。美術館自体もこの時点では閉鎖、ということになっていた(すでに中にいた人は待機中)
ちなみに、例のitkzのツイートを見たのはこのあたり。ある人の公式RTで。というかさ、これ、私が見た公式RTした人さ、明らかにネタとわかっててRTしてるでしょう?しかしRTされたら、前後の文脈が見えないんだよ。悪質だよ。
電車が動くのを待つ、などと悠長なことは言ってられないかもしれない。これはこのまま、この日は電車が動かないかもしれない。歩いたらどうなるか。五反田から国道1号線経由で、28kmくらい。歩けない距離では無い、おそらく、6時間もあれば着くだろう。五反田に着いた時点で電車が動き出せば、それでも良い。中国大使館前を通り、広尾駅前も人が大勢。天現寺の交差点から、トンネルの脇の歩道を通って目黒方面に抜けるあたりも、大勢の人が歩いている。みな、歩いて帰宅を覚悟した人だろう。
途中で連絡があり、横浜方面に帰宅する人と、一緒に歩きましょう、ということになった。レジに行列の出来ている100円ローソンで水や食べ物などを補給し、五反田のエクセルシオールカフェでしばらく休憩。ホテルやコンビニに行列が出来ている。閉まっている店もあるが、居酒屋は軒並み営業のようで、夜明かしを覚悟した人達が吸い込まれていく。目の前の国道1号線は、多摩川をわたる人達だろうか、その手前までだろうか、歩いている人が多い。
合流出来て、さて、頑張って歩きましょう。車道は非常な渋滞で、あまり動いていない。歩道も大渋滞で、思うままのペースでは歩けない。バスは動いているのでバス停に待つ人もいるけれど、都バスはどれもぎゅうぎゅう詰めで、そして渋滞がひどくバスよりも歩くほうが早い状態で、これではらちがあきそうにない。歩いて行く途中、ところどころにトイレを無料開放しているところがあったりして癒される。twitterでは相変わらず、玉石の石もあるけれど、情報が流れ続けている。歩道が一杯で車道に溢れて歩く人もあり、邪魔そうにオートバイや自転車がすり抜けていく。みんな、無茶は止しましょう。
途中、池上にある日産の販売店が素晴らしかった。ロビーを解放し、椅子を沢山用意して、暖かくて明るいところで休憩できる。飲み物も提供し、トイレももちろん提供してくれている。店員さんが、みんな笑顔で、頑張ってくださいね、と送り出してくれる。素晴らし過ぎるよ日産。お礼を言って出て、さあ、まだまだ頑張って歩こう。道路情報の電光掲示板には、『第二京浜 多摩川大橋〜魚らん坂下 渋滞11km』が『飯倉 渋滞13km』に変わったりし、『車での外出は控えてください』などの表示が点灯している。歩いている人達、中にはヘルメットをかぶっている人も多い。さほど暗さはなく、連れだって歩いている人は、まるで遠足みたいだね、というように、楽しそうに話しながら、元気を出そうと励まし合うように、歩いている。
やがて多摩川を越え、越えるところで、海のほうに激しい火の手が見えたけれど、あれはなんだったんだろう。神奈川に入ってしばらくは元気だったけれど、そろそろ疲れが出てきた。歩いている人は徐々に減っている。実はこの間、車から声をかけてくれた方があったのだけれど、まだまだ元気だからもっと疲れている方を乗せてあげてください、と言ったのだった。歩くのと車がほとんど同じペースで、何度か抜きつ抜かれつする。折角だからご厚意に甘えようか、ということになり、尻手の少し手前で乗せていただいたのが、シカゴ出身の女性。さらに歩いていた米国の人をもう一人乗せて、ありがたいことに、暖かい車に乗ることが出来た。
それまで連絡の取れなかった親とも、安否の連絡が取れて、車の流れも徐々によくなり、東北の酷い状況や、帰宅難民の発生などを聞く。横浜駅で6万人が立ち往生している、など。女性は天王洲のオフィスから磯子に帰るところで、普段は電車なんだけれど、今日はたまたま車だったのだと言う。男性のほうは、丸の内から横浜まで歩く途中だったと言う。
桜木町にたどり着いたのが1時前。お陰さまで1時過ぎには帰宅することができ、電気・ガス・水道、みな問題なし。本棚の上の書類が若干崩れただけだった。いろいろなご厚意のおかげで無事に帰宅することが出来ました、ありがとうございます。東北の津波などの被害が、本当に深刻で…


より大きな地図で 3月11日zaikabouの帰宅ルート を表示

14:46 神谷町駅

地下鉄がホームに到着して下車。ホームに降り、扉が閉まったところで大きなブザー音。外に出ると、地面が大きく揺れていた

14:56〜15:40 東京タワー

打ち合わせ中にも余震が続き、すぐに終了

16:00〜17:30 国立新美術館

しばらく待てば電車が動くと思っていたため、国立新美術館でシュルリアリスム展を鑑賞。1階ロビーには大勢の人。電車が動く気配が無いため、歩くことを決意してiPhoneでルート検索。五反田までとにかく歩き、そこから国道1号線を歩くことを決意

17:45 広尾駅

広尾駅前は電車が止まっているために動くに動けない人が大勢。バス停でバスを待つ人がそれなりにいる状況

17:48 天現寺橋交差点手前

交差点の歩道橋を登っていく人が大勢。目黒などに向かって歩いている人が多い

17:52 恵比寿三丁目交差点

渋谷駅に向かうにはどう歩けば良いのでしょうか、と、60くらいの女性に聞かれる

17:56 トンネル手前

同じ方向に歩く人多数。ヘルメットをかぶっているひとも多い。ここから先、自然教育園の脇の道はトンネルの車道。脇に歩道はあるのだが、先まで続いていると容易に予見できない場所にもかかわらず(自分は自転車で通る野で知っていた)、みな迷わず進んでいく。知っているのか、廻りについて行っているのか

18:10 目黒駅との分かれ道

目黒駅方面に歩いていく人が多い

18:15 上大崎三丁目付近

五反田に向かうとtweetしてからtwitterをしばらくチェックしていなかったが、この時、DMで、同方向の人から一緒に帰りませんかと入っているのを確認。返信する

18:20〜18:30 ローソン100

五反田あたりで電車が動いていれば、との思いもあったが、ほぼこの日のうちの復旧は難しいようだと、twitterの情報で判断。水と食料補給。パンやおにぎりはほぼ売り切れ、レジの長い列

18:40 大崎郵便局前

DMをやり取りした人と一緒に歩くことにし、五反田駅で待ち合わせたが、TOCが目の前に見えて、iPhoneの地図を見て行きすぎたことに気がつく。一旦戻る

19:00〜20:00 エクセシオールカフェ

五反田駅近くで待ち合わせられる場所を探す。駅前のアトレは臨時休業、居酒屋はやっている店が多い。エクセシオールカフェは満員だが入れ替えはそれなりにあり、ここでしばらく休憩、待ち合わせ。無事に合流。携帯が通じないため、twitterが無ければ会えなかった

20:05 五反田発

歩き始めると、国道1号線は車道も大渋滞だが歩道も大渋滞。自分のペースでは歩けない感じ

20:10 中原街道分岐

歩道橋を渡り、ここからは道の左側を歩く。この先、道の右側よりも、左側を歩いている人が遥かに多い印象

戸越銀座

おしゃべりしながら歩くと気がまぎれる。歩道は狭いところもあり、2人で並んで歩くと、後ろの人が詰まる。車道に出て歩く人もいる。後ろからくるオートバイに煽られているのを何度か見る

馬込

環状7号線は北西方向に向かう車が大渋滞、南東方面はそれほどでもない。国道1号線は脇道からの合流が多く、のろのろでぜんぜん動いていない。五反田から川崎行きのバスはぎゅうぎゅう詰め、バス停にも行列、しかし、バスを何台も追い抜く

21:20〜21:40 日産プリンス東京池上店

ここまでも、トイレのご利用どうぞという施設は何件か見たが、この日産の販売店はロビーを開放し、椅子が沢山あり、飲み物も提供し、トイレも提供し、店員さんが何人もいて暖かく迎えて、送り出していた。外には喫煙所もあった。素晴らしい。休憩させて貰い、家族と連絡を取ろうとするが、携帯通じず

22:20 多摩川大橋

多摩川が近づくにつれて、同じ方向に歩く人もずいぶん少なくなってくる。歩いている人はみんな元気。多摩川を渡るとき、下流方向に炎で空が明るいのが見えた。どこだかはわからず

神奈川県に入る

多摩川大橋までは完全に徒歩が早かったが、神奈川県内に入ると、車と人の速度が同じくらい、あるいは車がやや早いくらいになる。

小向東芝町あたり

女性から突然声を掛けられる。どこに行くの?と聞かれたので横浜まで、と答えると、その人をここまで乗せてくれた車の人が、横浜まで乗せてくれると言う。まだそれなりに元気だったので、もっと疲れている人を乗せてあげてください、と一旦断り、礼を言う

22:40 府中街道

螺旋階段の歩道橋を渡る。歩道橋を渡るのがかなり億劫だと思うようになる。広い道で大勢同じ方向に歩いているのは安心だが、そのための歩きにくさや、歩道橋などは少しストレスになる

22:55 南部市場北あたり

このまま国道1号線を歩いていくと寺尾付近で坂道があり暗いので、鶴見の手前で国道15号線に抜けることを考えていた。その地点までなかなか辿りつかず、徐々に疲れてくる

23:00 尻手手前

声を掛けてくれた車と、ほぼ同じペースで進んでいることがわかる。疲れてきており、折角の御好意なのだから、お世話になろうと同行者。乗せていただく。シカゴ出身の女性で、磯子に帰るところと聞く

23:35 車中

やはり横浜に向かってあるいていた米国人男性にも声をかけ、4人の車中になる。車のペースは、歩行者とほぼ変わらず。まだ歩いている人も多い。ラジオはInterFMを聞いている。
携帯電話てメールをチェックすると大量のメールをようやく受信。ファミリー契約をしている両親と妹の、安否確認のやりとりが入っていた。ここまで連絡が取れなかったが、さっそく安否確認の登録をして無事を投稿する。ようやくの無事確認。

23:30 東寺尾中台

ペースは引き続き、歩行者とあまり変わらず。
メールのやりとりによれば、母と父はそれぞれ実家至近なのでそれぞれ徒歩と車ですぐに帰宅。実家同居の妹は大崎勤務のため帰宅できず、本人は宿泊を決意。父親が車で迎えに向かったが、携帯も通じないし道路も渋滞しているから引き返してもらって!という妹のメッセージが。しかし、一旦家を出た父親は連絡がとれず(携帯の扱いが不慣れなもので…)
もともと目黒区在住のため、裏道に詳しい父親は大渋滞を避けて(案外、幹線道路以外は空いていたらしい)大崎付近に到達。たまたま携帯電話が通じて妹を収容し、日が変わるころには帰宅できたそうな。

0:00 新子安付近

このあたりで日が変わる。ラジオからは電車の運転状況が聞こえてくるが、英語で『○○線』と言った後でやや間があって『動いている』とか『止まっている』とか言うので、東京裁判の判決みたいだな、と思ったが、口には出さず

国道1号線分岐

横浜新道方向がより混雑しており、横浜駅、15号線に向かう方向は空いていて、スムーズに流れだす

0:50 桜木町駅付近

お礼を言っておろしていただく。ここから歩いて帰宅。親切な方に乗せていただき、本当に助かった