日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

尾去沢鉱山の採掘跡坑道が凄い件

後生掛温泉を出た乗客は自分だけのバスを、一旦『アスピーテライン入口』バス停で降りる。このバスは玉川温泉経由田沢湖駅行き。乗り換えるバスは、玉川温泉から鹿角花輪駅行き。引き続き、御天気は悪い

バスの運転手に『5分で来ますよ』と聞き、ダイヤから言ったら10分は待つはずだが…と訝しんだバスは20分後に到着。乗り込んで、鹿角花輪駅に辿りつく

さて。もともとは、このまま弘前に向かおうと考えていたんだけれども。実は、この駅で2時間、列車が来るのを待つ必要がある。来ないんですよ、列車。支線待ち2時間、なんじゃいな。ではどうするか。鹿角花輪の街を歩くのも良いが、昨夜、談話室で見かけた観光案内地図を見て、ああそうだ、近かったんだな、と。いつか行こうと思っていた場所に行こう。はい、ここです。
廃墟と巨大坑道・尾去沢鉱山に行ってきました! - ポンパドール・パラソル:野望編
史跡 尾去沢鉱山 「1300年の歴史を誇る銅鉱脈群採堀跡」
マツカズトさんの東北旅行ガイドは信用に値する
落ち着いたらもう一度行きたい東北の観光地 - ポンパドール・パラソル:野望編
バスが不便だから、タクシーで行こう。今回の旅行は散財も目的であるし。実は4kmちょっとであり、タクシーで行ってもそれほどかからない。尾去沢へ、と乗ったタクシー。最初は特に喋らなかったが、やはり観光客減っていますか、と聞いた途端、堰を切ったように話しだす。減ってますね、というレベルでは無い。もうどうしようもない。話にならない。ほとんど諦めと言うか、自暴自棄と言うか、どうなっちまうんだろうと言うか、とにかく地震だけならともかく原発が…。と。
山に向かうタクシーの前方には靄がかかってきて、ああ、このあたりの風景は晴れていれば面白いんですが…と言う先、山肌に見えているはずなのは選鉱場跡、製錬所跡。晴れていればねえ…。と言いつつ、見学施設の駐車場に到着し、ああ…車が少ないなあ…こんなはずじゃないんですが…と、なんだか頑張ってくださいと励まさずにはおられないタクシーであった。1750円。

観光客はちら    ほら    くらい。人のいない観光地は馴れているからこんなもんかな、とも思ったが、連休中でそんなはずもなく、普段は賑わっているのだろう。1000円の坑道内に入るチケットを買うと、案内看板の前で

眼鏡のカッチリした感じの男性が、坑道内について非常に懇切丁寧な解説を、見どころを、凄い勢いでしてくれた。勝手に読み取ってはいかんけれども、ここにも何か地震の影響が…。『地震でもぜんぜん大丈夫です、3.11(東北の人もこういう言い方するのだな…)の時、地上で右往左往していましたが、中にいた人は地震に気がつかずに出てきました。岩盤が非常に固いんです』とのこと。気が付かなかったということは、停電もここは無かったんだろうか。停電になっても内部の照明は大丈夫なんでしょうか。安心して送り出されて、さあ、中へ。



奈良時代から開発のはじまった鉱山は三菱の手により、戦争を挟んでフル稼働。近代化から戦後復興まで日本の産業に貢献したわけであります。ここ尾去沢や、小坂など、秋田県北部で銅の国内生産量の50%以上を〆ていた時代もあったとか。その鉱山も1978年に閉山されて1200円1200年の歴史を終えて、観光開発がなされまして。全長1.7kmの坑道が、観光用に公開されておるわけです


内部は堀跡も生々しく、地面にはレールの跡、迫力満点。観光用の坑道は一本道だけれど、すべて入れると全長800kmになるという
尾去沢鉱山 - Wikipedia
だから、ところどころに分岐する坑道があり、立ち入り禁止の文字と鉄格子の向こうには、真っ暗な道がどこまで続いているのはわからない。一人、その深淵を覗きこんでいると、引き込まれてしまいそうで、おい、これそうとう怖いよ。懐中電灯持ってくればよかった

写真が、すみませんねえ、ぼんやりしたものばかりで。デジカメのバッテリーが…。そしてしばらく進むと、ふおおおおお


突如現れる大空間。天に向かう裂け目は、幅2〜3mで高さが30m。上端がはるか遠くに見えたり、見えなかったり。写真じゃよくわかないかもしれないが、現地に行くと『ふおおお……』とか、『あひゃあああ……』思わず恥ずかしい声が上がってしまいましたよ…。しかもこれ、天然のものではない。人工的に掘ったもの。


断層の裂け目にマグマが噴出したために、細い鉱脈が垂直に伸びている。その部分だけを効率よく掘るために、シュリンケージ採掘法という手法で、細く高く、人工的に掘った結果が、この空間になるわけです。そして、これは一層だけでは無い。この細く伸びる鉱脈を掘るために、この30mの高さの大空間が、2mほどの岩盤を挟んで、縦に15も並んでいる…つまり、高低差500mあまりにわたって、この大空間が人工的に掘られているというのだから、くらくらしちゃう。

しばらく、呆けたように眺めていた。さらに先に進む。内部に安全祈願のお社があり

安定した温度と湿気を利用して、お酒やワインの長期熟成も行っているとか。日本酒預かってくれるサービスもあるらしいぞ

さらに進むと…

鉱山内での労働風景を、大変丁寧に再現された人形が…(笑)



カップルが写真の撮りっことかしていたからまあ良かったけど、一人でいきなりこんな空間に放り込まれたらこええよ、これまた。子どもが泣きだしたりするらしい、さもありなん、というリアルさ。



立入禁止もリアルだ…

『落ち着いてやりゃあ、できる』『はい、やってみます』

縦に何層にも坑道があるので、それを行き来するためのゴンドラですね。親方、空から女の子が!(降ってきません)

さらに進むと江戸時代ゾーン、これまた再現が…



だからさあ、

とりあえず、小銭投げ入れるの日本人の悪い癖だよ…。江戸時代は南部藩管理のこの坑道、さぞや大層な富を生み出したことでしょう。高さ60cmほどの坑道で手で縦横に掘り進んだんだとか。

労働環境の特異性のため、隠れキリシタンが入りこんだりしていたそうな。そのころ、坑内に掘られたマリア像のレリーフなども残っているそうです。このあたりも迫力のある坑道。このコースね、1.7kmもあって凄い長いんだけれど、本当に飽きないんだよ。キラキラ輝く鉱床も見られたり

大いに堪能して、出てみれば、振る舞われる暖かいお茶が嬉しい(金箔入りのきのこ茶、味は…)。無料の資料館にはヤマの歴史に関する資料が沢山、坑道全体を再現した凄いものがあったり

そして、本来であれば、かつての選鉱場跡、製錬所跡の風景も見たかったところなんだけれど、ちょっと靄が晴れて見ていたら…


ああっ、また靄がかかってきて、見えなくなった…。このあたりの風景は、マツカズトさんのほうをじっくりご覧ください
廃墟と巨大坑道・尾去沢鉱山に行ってきました! - ポンパドール・パラソル:野望編
とにかく、大迫力の鉱山で、これだけのものはなかなか無い。必見である。しかし、あまりにも空いている。皆さん、ぜひ、訪れてください。産業遺産を巡るコースもあり
産業遺産コース | 「1300年の歴史を誇る銅鉱脈群採堀跡」 史跡 尾去沢鉱山
基本は10人以上集めてツアーを組んでもらうんだけれど、いろいろと相談応らしいので、相談してみると良いでしょう。みなさん、行きましょう!

弘前の桜を名残に旅の終わり

鹿角花輪から11時41分の列車に乗り

大館で乗り換え。一旦出ようと改札に向かうと、なんかいるー!

ソフトバンクのお父さん…ではなく、ハチ公さんでらっしゃいますか。ここ大館はハチ公の地元であるのだね。

駅前花善で鶏めしを買って、13時8分のつがる51号青森行きに乗り込む

列車を清掃していたおっちゃんたちが、さかんに、わさおが…などと話している。ハチ公の大館にとって、わさおはライバルですよね…。

鶏めしと、30時間ぶりのビール、うまああ。角館で日本酒飲んだような気もするけれど、まあ、あれ、試飲だからね…。そして弘前へ。ようやく、ゴールデンウィークの観光地らしい人の出で、しかしこれでも少ないのだろうな。駅前から桜祭りの会場となる、弘前公園へは100円の臨時直行バスが出ていて、混雑するバスに乗り込んで向かえば、ああっ!弘前の桜は満開だ!

御堀端、堀之内、どこまでも、桜、桜、桜

弘前公園の桜は、なるほど、来てみてわかった。これが日本一とも言われるのがよくわかる。まず、ソメイヨシノの色がとても濃い。ひときわ濃い。そして、桜の種類が極めて豊富で、さまざまな種類のピンクが饗宴している。すごい密度で





天守閣の脇にある古木、弘前枝垂れが、風格と言い、勢いと言い、花の密度と言い、見事の一言


剪定など、手入れもとても丁寧に行っているのだろう。地元の人の桜愛が伝わってくるのだ。ほんとうに、今年も、ちゃんと東北に桜が咲きました。咲きましたなあ、という感慨。

連休終わりまで、じゅうぶん、見ごろは続くでしょう

出店も賑わっている


桜祭りの期間中は店をしめて、こちらに出張ってきている、三忠食堂の中華そばが妙にうまくてなあ


外からはお化け屋敷の呼び声、そしてオートバイサーカスの呼び声とエンジンをふかす音が聞こえてきて、なんだか、突然、何十年もタイムスリップした気分になった。オートバイサーカスって言うと、「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」しか思い浮かばないよ…

よい気分になり、雨もあがって、ぶらり、ぶらり

弘前は洋館を巡るのも楽しい

上の建物は弘前市立図書館の旧館で、一時期は払い下げられて移設し、弘前大学の学生が多く住まう、下宿になっていたんだとか。住んでみたい。家賃は高いけれど、倍率が高く、人気があったとか


商店街もコンパクトに賑やかで、街としてちゃんとしている印象を受ける、弘前インパクトのある名前の店もある、弘前


フランス料理も名物であるらしい。これも食べにこなければ、な。そして、弘前と言うと名物がもう一つ。奈良美智のメモリアル犬



ちゃんと子供の遊び場になっていて、なんか、いいかあ、と思いました

さあ、もう時間だ。弘前まで歩いて。また来たいですね、弘前。お土産を仕入れて、17時35分のつがる53号で新青森へ。

新青森駅は、お土産売り場以外には何もない駅でした…んだで、まあ、酒でも飲んでな

それにしても、弘前にも新青森にもわさおグッズが沢山売っていたが、売れるのだろうか…


…もう新幹線の時間だ



18時28分発、はやて140号東京行き。復旧3日目の東北新幹線は、徐行するために臨時ダイヤで、東京までは4時間40分かかり。乗車率は盛岡を過ぎても10%行かないのではないか、というぐらいであり。そうすると、車内では

まあ、このようなことになり、ぼんやりと、旅の思い出を噛みしめがら、しばらくうとうとすると仙台で、窓の外を眺めても、暗い中に何が見えるわけでもなく、空気をそのまま東京駅まで運び、青森と、この何時も忙しく通りすぎる東京駅が、一本のレールで繋がっている、また繋がったのだと