日毎に敵と懶惰に戦う

酒と食い物と美術と旅と横浜…などの記録。Twitterやってます @zaikabou

土曜日の日記。交通会館の写真展が面白い

土曜日、5時くらいに目が覚めたけれど、二度寝して起きたのが10時前。さすがに疲れが…。あさごはん

出掛けて関内方面に歩いていると、大岡川でSUPに乗る人たちが見えた

旅するコンフィチュールでさくらんぼのコンフィチュールを買って、関内から電車に乗って有楽町乗り換え、六本木へ。ヒルズのスターウォーズ展は大混雑のようだけれど、森美術館のシンプルなかたち展にだけ行きたい人は、別経路で入場させてもらえるみたいね。A/D GALLARYで、内海聖史の『moonwork』を見る
http://www.roppongihills.com/events/2015/06/adg_moonwalk/
これが本当に超大作。けして狭くはないギャラリー空間に折りたたまれて圧倒的な迫力で迫ってくる作品。これだけの大きさだと、もう収まる先は決まっているのかしら?とにかく見ものでありますよ。その後、ロアビルへ。コマーシャルギャラリーって基本的に慣れない人には敷居が高い場所だと思うけれど、LONDON GALLERY のそれは群を抜いておる。自分も一瞬、躊躇する。そしてとにかくロアビル、どこからどこまでも外国人ばかりである…
地下鉄を大手町で乗り継いで

竹橋、昼に軽くうどんを食べて、東京国立近代美術館。展覧会については詳しくはこちらをご覧ください
東京国立近代美術館『No Museum, No Life?―これからの美術館事典』 - 日毎に敵と懶惰に戦う
見終わって、有楽町に移動、交通会館の地下の素敵な純喫茶、ローヤルでしばらくのんびり休憩。そして3階まであがって、これを見ました

http://www.kotsukaikan.co.jp/50th_yurakucho/
東京交通会館開業50周年記念企画展「写真でたどる有楽町の記憶」は、戦後から交通会館の完成、現在に至るまで、交通会館に限らず、有楽町銀座周辺を豊富な写真と地図と資料と映像で辿る、ボリュームある非常に充実した企画だった。交通会館の名前の由来が、東京都交通局に由来していたことを知らなかったよ…。
日劇とかそごうとか、外堀とか、今はもう無い…大きなランドマークも面白いんだけど、再開発前の有楽町の様子には興味惹かれましたね。寿司屋横丁とか、昔の『おかめ』の写真があったのもよかったなあ。無料で7月5日までです。
本屋など寄ってから、晩飯を食べに来来へ

お探しの店舗のページはありませんでした

台湾屋台料理、メニュー豊富でなんでも美味い。銀座らしからぬ雑多な雰囲気も素敵。パクチーサラダとか牡蠣のスープとか美味かった…。お値段も手ごろ。また来よう。デパートなどぶらぶらして、伊東屋に行って…詳しくはこちらで
銀座、伊東屋のリニューアルに思う。愛好家が好んでいたのは日々の営みの上澄みであった - 日毎に敵と懶惰に戦う
喫茶店でコーヒーを飲んで、帰宅したのでありました
在華坊(@zaikabou)/2015年06月20日 - Twilog

東京国立近代美術館『No Museum, No Life?―これからの美術館事典』

東京国立近代美術館ではじまったばかりの展覧会『No Museum, No Life?―これからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会』に行ってきた
No Museum, No Life?―これからの美術館事典 国立美術館コレクションによる展覧会 | 東京国立近代美術館
この展覧会は、国立行政法国立美術館に属する5つの国立美術館、すなわち、東京国立近代美術館京都国立近代美術館国立西洋美術館国立国際美術館国立新美術館のコレクションによる展覧会。このうち国立新美術館はコレクションをもっていないので、実質、4館のコレクションのよる展覧会となる。
美術館そのものをテーマとした展覧会で、美術館って何?という疑問に、AからZまで、36のキーワードをもとに作品を並べる構成になっている。もちろん、これらの国立美術館から選りすぐった169点だから、展示作品そのものも良いものばかりなんだけれど、今回の展覧会は特に見せ方が面白い。美術館そのものがテーマだから、額縁、吊り金具、温度計、などなど、美術館にとって欠かせないアイテム…



さらには、運搬用の箱までが展示物になっている

展示構成を検討するための模型があったり

運び込んだ作品を展示するまでの映像があったり。実際に展示された作品、作りこまれた空間を現実に目の前にしながら、その空間が作られていく様子、作品が展示される様子の映像を見るという体験がとても面白い


また、“Guard”というキーワードにおいては、美術館が作品を守り後世に伝えていくこと、そして作品をなるべく多くの人に見せること、二律背反な命題に応えるための施設であることを意識する内容の展示が。大仰な保護柵や、監視員さえも、展示物の一部なのである!

ここに展示されているのがベーコンの作品というのもまた興味深い。近年、作品を保護するための額装のガラスは、作品を見やすくするために非常に透明度が高いものになっているんだけど、ベーコンはあえてそれを拒否する。鑑賞者と作品の断絶を意識させるために、わざと映り込むようなガラスを使えという。展示構成に、さらに作品そのものをして二重の意味を持たせるような凝ったキュレーションが、随所になされている面白い展覧会なのですね。
光、これまた、美術館にとって大事な要素。印象派をはじめ、作品の大きなテーマともなり、視覚のためにも映像作品も光がなくては…なのだけれど、光は同時に作品を痛める敵でもある。まさに、美術館が抱える二律背反を象徴する存在。光をキーワードとしたコーナーでは、作品を照らすためのハロゲン光そのものも展示作品となっている

また、美術館のバックヤード…ということで、東京国立近代美術館京都国立近代美術館国立西洋美術館国立国際美術館の、保管庫を再現したコーナーもある。そこに、各館所蔵の藤田嗣治の実際の作品が展示されているという贅沢!どれがどこの美術館かわかります?




このコーナー、藤田嗣治がフランスにわたって成功する前の陰鬱な作品と、かの有名な戦争画アッツ島玉砕ではなく、アッツ島爆撃が並べて保管されているんだなあ…みたいな、ちょっとニヤリとする楽しみもあるわけです。
ジャーナリズム、のコーナーでは、この展覧会についての批評などをファイルして、展示にどんどん追加していくみたい。おや、現時点で、あの某有名ブロガーの記事も…。

美術館そのものをテーマにAからZまでのキーワードで構成される「No Museum, No Life?」展が開催されます。 | 弐代目・青い日記帳
これはもしかしたら、ブログの記事を書いて美術館の作品になってしまうチャンスかも…。まあ、そんなことをしなくても、最後のほうには、自分も作品になってしまっているんですか。鏡が

美術館とお金のコーナーとか、ちょっとクスリとしてしまうコーナーもふんだんにある。この展覧会、美術館好きな人には裏側が見える面白さもある展覧会であるし、展示されている作品も素晴らしいし、この裸体のコーナーは西欧の邸宅系美術館みたいな圧縮陳列もあったりしてね

館内はいくつかの注意点を守ればほぼ撮影自由なので

あまり邪魔にならない程度にちょっと記録の写真を遺したりしつつ、楽しみたい展覧会なのでした。もちろん、合わせて、素晴らしい常設展も見て欲しいわけです!
東京国立近代美術館 MOMATコレクション『誰がためにたたかう?』 - 日毎に敵と懶惰に戦う
東京国立近代美術館で戦争記録画12点展示、そして藤田嗣治全点展示へ - 日毎に敵と懶惰に戦う
『No Museum, No Life?―これからの美術館事典』は9月13日までです

銀座、伊東屋のリニューアルに思う。愛好家が好んでいたのは日々の営みの上澄みであった

銀座の伊東屋がビルの建て替えのために長らく休業となっており、仮店舗での営業が続いていた。そしてこの6月16日にリニューアルオープンとなった。12階建ての新築ビルの伊東屋伊東屋大好きな自分はそのオープンを愉しみにしていて、早速行ってきたわけです。
文房具専門店- 銀座・伊東屋 - より美しく、心地良い空間
新しい「銀座・伊東屋」大解剖! 実は野菜工場もある“高級ホームセンター”!? - 日経トレンディネット
すっかりきれいになった店にワクワク入り、おお、1階はおしゃれになってるなー、ちゃんとエスカレーターがある!以前は上の階まで階段で上がったり、エレベーターをずっと待ったり大変だったからなあ、階段も広いぞ、なんて思いながら2階に上り、ここもおしゃれだなー、なんて思いつつ。3階、4階…とあがると、どんどん違和感が。
確かに、7階に入った竹尾見本帖とか、ずらり並ぶ紙のフロアは素敵だった。しかし、あの、文房具ならとにかく伊東屋!困ったときは伊東屋に行けば物がそろっている!みたいな、圧倒的な品揃えの店ではなくなっていたのです。まるで、おしゃれ雑貨屋みたいになってしまった。農園まであって、コンセプトがいまいちよくわからない

カフェも出来たりしたし、以前の狭い店からはずいぶん広々して過ごしやすい店内にはなったのだけれど、あの、文房具に囲まれた多幸感に包まれるような場所ではなくなってしまった。Twitterの公式アプリで『伊東屋』で検索しようとすると『伊東屋 残念』とサジェストされるんですね。昔の伊東屋の何が好きだったかによって評価は人それぞれだろうけれど、かなりの部分の人にとって、残念以外の何物でもないリニューアルであることは確かだろうな…と思ったのです。
いろいろ記事を読んでいると、商品点数を5万点程度として、以前の半分以下に絞ったのは確かみたい
ニュース - 銀座・伊東屋新本店が6月16日オープン、新システムで品揃えをカバー:ITpro
それからつらつら考えていたんだけれど、ある人のつぶやきを見て、だんだん考えがまとまってきて

そう、伊東屋が好きだと言う人、あのごちゃごちゃと商品がたくさん並んだ空間が好きだと言う人が、伊東屋の経営を支えていたのかどうか。以前ならそれでよかったでしょう。なにか文房具で困った時に伊東屋に行けばよい…そういう時代があった。だから細かいラインナップを並べている伊東屋の価値があった。しかし、ネットが普及して、ニッチな品物がいくらでも買えるようになった時代、圧倒的なロングテール商品を並べる店舗にどれだけの勝算があるのか。
リアル店舗でそういうことを出来る時代では無くなったのかもしれない。いやさ、圧縮陳列ドン・キホーテや、広大な店舗面積と安売りをアピールできるコストコや地方の巨大ホームセンターならまだ勝算があるだろう。しかし、都心の定価販売の店でそれをやる余力は無い。ハンズも最近、どこもおしゃれ雑貨屋みたいになっており、ヒヨったのなんの、自分含めたハンズ愛好家は散々文句を言い続けてきたわけだけれど。結局みんなおしゃれ雑貨屋方面に収束していくのは、以前の店を愛した人がそれほど経営を支えられていなかった、ということなんだよね。
そしてその伊東屋からして本当はどういう人が支えていたか考えていると、周囲のオフィスでの日常使いのものを買っていた人が、フラッグシップ、コンセプトとしての伊東屋の顔としてはともかく、数字としては圧倒的だったのでしょう。そういう人がアスクルなどを利用するようになって、もはや伊東屋には、以前の店舗のありようを、圧倒的な文具屋としての顔を維持できるだけの余裕は無くなったのかもしれない。
これは、伊東屋だけに限った話ではない。何かを愛好する立場の人間としては敷衍的にいえることで。例えば鉄道趣味なんかもそうなんだけど、結局、それの存立を支えていたのは大きな声でそれへの愛を叫んだりしない、暮らしの必要から日常使いしていた人達であった。大多数の、特に声をあげたりしない人たちであった。それが時勢の変化で利用されなくなり、無くなってしまう…。その時に愛好家が騒ぐような時点ではもうどうにもならない。本当に支えていたのはそれらの人ではなかったのだから。愛好家が好んでいたものは、生活の上澄みであった。大衆酒場趣味みたいなものも、結局は同じなのかもしれないね。
だから、仕方ない…とは言わないけれど、あまり、悪し様に言うものでもないと、そう、思うのです