日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

まずは松江へ

6時起床…頭が痛い…。重い頭を抱えながら岡山駅に出て、弁当を購入、それから勿論、百輭先生好物の大手まんぢうも買って、帰省客でなかなかに混みあう7時5分特急やくもに乗りこんで、朝飯。倉敷を通り伯備線に入って、風景はだんだん山がちになり、備中高梁を過ぎる頃から夕べの疲れもあってうつらうつら。米子あたりまでぐっすり寝てしまった。松江駅に9時41分着。
サンライズ出雲は松江に9時30分に着予定なので、既に到着しているはずの人に電話をすると、サンライズ出雲は2時間近く遅れているという。駅で待つのも退屈なので、さてどこかへ行こう、ととりあえず、街中の循環バスに乗り込む。松江は回遊の地であるけれど、松江城周辺の落ち着いた町並みは、何度訪れても悪くない。しかしいきなりそこに向かうのも芸が無いと考えながらバスの路線図を見ていると、このバスは菅田庵を通るらしい。茶人、通人として知られた松江藩主、松平不昧公お好みの茶室であったなあ。とにかく下りてみましょうと誘い、ちと道に迷いながら、公民館の人に尋ねて、こんもりした森の中、竹林を進んで歩いたのだだけれど…

扉はピッタリ閉じられていて、張り紙の文字は『修理のため閉鎖します』ですと。なんたること。苦笑して引き上げ、とりあえず塩見縄手へと移動し、近所の地ビール館で堀川を眺めながらヴァイツェンを飲んだらやっと人心地ついて、朝以来の頭のもやが取れたような気がした。
とにかく昼飯を食べたら早めに移動しようと、宍道湖大橋の北の端に近い『上田』という蕎麦屋近くで、ようやく到着した御大とも合流し、まずは腹を満たそう、と蕎麦屋へ。サンライズ出雲が遅れたのは近頃多発している豪雨が原因ではなく、寝室に花火が仕掛けられたとかなんとか、随分のんきなテロのような話で、東京駅で発車が大幅に遅れたことが原因だという。そして松江駅到着は1時間57分遅れで、特急料金の払い戻しはなかったらしい。こういうところの帳尻合わせは上手だ。歴史のありそうな蕎麦屋の割子そばはなかなか結構だった。
とにかく松江城でも行きましょうか、とお堀沿いに歩く。お堀と松林の向こうの天守に趣がある。


天守の上には登らず、本丸で一服して引き上げて

車を拾って一畑電鉄の松江しんじ湖駅へ。この旅の前半は、砂の器においてミステリーを解決する鍵となった“出雲地方の音韻”を探す旅のようでもあり、その東北のズーズー弁に良く似た音韻を確認しようと、タクシーの乗り込んでもとにかく運転手に地の言葉でしゃべらせようとあの手この手、確認して満足すること数度。それはともかくとして、ここまでバスに2回、タクシーに2回乗ったのだけれど、すべて運転手が女性だった。男が兵隊に取られた戦中か、あるいは共産主義国家のようでもあり。
松江しんじ湖温泉駅から長寛な一畑電鉄に揺られて、西の空は明るいが黒い雲も湧き出してきたお天気に若干の不安を抱えながら出雲大社前へと電車は進む。