日毎に敵と懶惰に戦う

酒と食い物と美術と旅と横浜…などの記録。Twitterやってます @zaikabou

談林なる一夜

松崎で、本日の宿泊は『玉樟園新井』という宿屋

花登筺の『細うで繁盛記』ゆかりの宿であるとかで、将棋やら囲碁やらのタイトル戦が多数行われ、文豪も多く投宿したというこの宿、平日ならば9800円という値段に惹かれてやってきたのだけれど。車が宿にのりつければ、仲居さんと番頭さんが下にも置かぬ接待、この道は長いのですと押しの強い感じの仲居さんが、きっちり部屋までご案内してお茶出し。
部屋は次の間付きで大変に広く、部屋からは結構な庭園が見えて



部屋の風呂は100%かけ流しの温泉が出てくる。食事は夕食朝食とも部屋出しで、夕食が終われば食器を下げて早速布団、翌朝も8時前には布団をあげてすぐに朝食の準備と、なにからなにまで、旅館の文法をはずさない見事なサービスっぷりで、これで9800円とはまことに申し訳ない限り也。そしてお約束、武者小路実篤の色紙

食事のほうも、これと言った外れは無いけれどもこれと言って大当たりも無く、とにかく種類は沢山出てくる夕食と、朝飯はやや上品だけれど、例の固形燃料には味噌汁がかかっていて、宿の朝飯は飯を食っている間に味噌汁が冷めてしまうのが難だがこれは工夫だ、と通俗作家あたりがよろこびそうな演出もあって、ええとなにを話したかったのか私は。
そう、つまり、日本の良い温泉旅館というのはかつてこういうものでした、というのを頑なに守り、まったく外すところが無いのだ。最近はやりのデザイナーズ旅館、お篭り旅館系を志向するような色気もまったく無い。ある意味、このままあと10年頑張ったら、文化財にでも指定したいほどであり、そしてそれは、ある者にはある時期から公然と批判されはじめ、やがて衰退をたどりつつ現在に至る、昔ながらの温泉旅館なのだった。
山のほうに海をのぞむ新棟があるあたりも

温泉仲居ものの昼ドラマなら、話のねたに事欠かないだろうと思わせる。
男湯のほうが女湯の倍くらいあるのも昔ながらの温泉旅館で、さすがにこれは、深夜に男湯と女湯が入れ替わるようになっていたけれども。
この様を見て、ああ、すみからすみまで、徹頭徹尾本寸法の談林調だ、一生懸命疑いなく頑張っているけれど結果として談林調だ、と、驚き感心した。例えば固形燃料であるけれど、修善寺で泊まった宿では、同じ固形燃料が朝食に用意され、そこには干物が乗っていた。上質の干物をその場で焼いて食べられることと、特徴の無い味噌汁をその場で暖めて冷めずにいただけること。価値観の問題なので優劣をつける話ではないと思うのだが、やはり、味噌汁のほうの『談林調』が際立っているな、とは思うのだった。
談林調って何?って思った皆さんに説明するのは難しいのだけれど、そもそもの意味としては
http://www.z-flag.jp/dic/archives/2006/01/post_333.html
のようなものだけれど、これではニュアンスが伝わらない。転じて、通俗的、いかにもガイジンが喜びそうな、というか。ニュアンスの問題で説明が難しいので、これ以上は説明しない。
先日紹介した四季倶楽部などは、徹頭徹尾、このような旅館サービスの対極として位置づけられると思う。いちいち仲居さんが来て鬱陶しい、布団をあげられずにゆっくり寝ていたい、食事をするところと寝るところが一緒はイヤだ、布団を上げた直後に朝飯だと埃が…、宿で出されるアルコールが高い、持込したい…。
箱根の『四季倶楽部』で、徹底した合理化に驚嘆する - 日毎に敵と懶惰に戦う
とはいえ、さてでは、談林調という切り口から考えて対極かと問われれば、また少し違う様相を呈するようにも思うのではあるけれど。
なんだか何を言っているのか自分でもさっぱりになってしまった。そうこうして一夜は過ぎ行くわけだけれど、時計をちょっと戻して。宿に入り、荷物を置いて、土肥には外湯もけっこうあるらしい。というわけで、歩いて海沿いにある『屋形共同浴場』へ。ビーチ至近だから、海水浴季節にはさぞ混むのだろう。風呂場の窓をあければ太平洋に沈む夕日が見えて、こぢんまりしているけれどまことに結構な温泉。受付のおねえちゃんがどうもフィリピン人らしく、たどたどしい日本語で一生懸命話しかけてくるのだけれど、後ろのカレンダーに今日の標語『言葉はうまく使うほど嘘くさくなる』と書いてあり、笑ったらいいのかどうしたらいいのか。
宿に戻って晩飯、昔懐かしい自動会計式の冷蔵庫から取り出したのはビールは2本と日本酒が1本。ビールが788円、冷酒が300mlのもので2000円と、アルコールできっちり利益を確保しにくるあたり、昔懐かしい旅館の文法が忠実だ。晩飯後、再び外湯に浸かりに行き、帰りに近所の寿司屋とスーパーでちょっと仕入れて、部屋で飲みなおす。温泉旅館の夜は早い。この日も早い時間に寝たのだった。