日毎に敵と懶惰に戦う

酒と食い物と美術と旅と横浜…などの記録。Twitterやってます @zaikabou

『野武士のグルメ』、そして今宵も酒場で

名作『孤独のグルメ』は何度も読み返し、文庫版、そして、その後『SPA!』に掲載された作品を収録した新装版、勿論どちらも購入したのだけれど

孤独のグルメ (扶桑社文庫)

孤独のグルメ (扶桑社文庫)

孤独のグルメ 【新装版】

孤独のグルメ 【新装版】

新装版にただ一点、不満な点があり、それは久住昌之のエッセイ『釜石の石割桜』が収録されていないことだった。勿論『孤独のグルメ』は大好きなのだけれど、あの本の中で一番好きなのは、実は『釜石の石割桜』だったのかもしれない。
出張した際は一人で飲むことが多い身にとって、特に地方で、初めての酒場に入ろうとする時の気持ち、店の雰囲気の空気感、常連さんとの関係、『コツコツと食べる』感じ、ぼんやりといろんなことを考えるのでもなく思うでもなく、口から出ない独り言を呟いている感じ、何もかも、ああ、文章にしてくれてありがとう、と思いながら読んだのだった。
そして、もっとも素敵な一節がここの部分

頭の芯が少ししびれていくような感じ。
ひとりで日本酒を飲んだ時独特のものだ。
ふたり以上で話しながら飲むと、パーッと開く花が、開かず蕾のまま色づきながら頭の中で膨らんでいくような。
これ、でもけしていやな気分ではない。

うん、この時の幸せな気分。ここにぐっときてしまった自分は、まあ本当に酒が好きなんだな、と思い、酒が元で体を害すことになるかもしれないなあ、とは思いつつ、しかし好きなものはすきだ…。
だから、久住さんのエッセイが出ると聞き、そして書店で手にとって、一番最初に『釜石の石割桜』が収録されているのを知ったときは、なるほどそういうことだったのか!と大喜びしたのだった。『野武士のグルメ』

野武士のグルメ

野武士のグルメ

内容の紹介はこちらで読んでいただくのが一番良いと思うのだけれど
究極のグルメ武士道・・・「野武士のグルメ」レビュー:a Black Leaf (BLACK徒然草)
一人飯食うことを、驚異的なまでのディティールで描きながらも、ベタベタ湿っぽくなく、そうそう、そうだよな、と頷きながら読むのだった。特に不味い店に当たってしまったときの心の動きの描写、『せめてネタにしなければ…』という意識が、ブロガーの末席を汚すものとしては、苦笑しながらぶんぶんと頷くしかないのだった。まあ、私の場合、不味い店に入ってしまうと、口直しと称してもう一件飯を食いに入ってしまうことがあるのですが。年をとるとそういうことは出来なくなるんだろうな…。
『死んだ杉浦日向子と飲む』『おじいさんの夕餉』『おはぎと兵隊』みたいな話を、湿っぽくなりすぎずに書けるってのは凄いです。
『朝のアジ』もいい。これもホント、頷きっぱなしであり。私も、朝飯だけちゃんと用意してくれて、そして畳の部屋で寝ることのできるような宿が大好きで、一人旅のときはなるべく、そういう宿を選ぶようにしている。先日の修善寺の宿は、その意味でまことに素晴らしい宿だったし、古くからあるような駅前旅館には、そういうまっとうな宿がまだ結構ある。地方の温泉地以外でも、そのようなまっとうな宿がある。そんな宿に泊まり、晩御飯は街に出て飲む。それができる旅は本当に楽しい。
孤独のグルメ』好きの方の中には、やっぱりあの絵がなければ…と思う方もいるだろうけれど、いやさ、あのマンガのエッセンスの、濃厚などろどろとした原液だと思ってください。そうそう、『かっこ悪いすき焼き』の回で、『持ち帰り そういうのもあるのか』の一節が出てきたときは、予想外のところでいきなりかまされたので、本気でお茶噴くところでしたよ。
冒頭の『釜石の石割桜』はかなり改稿されていて、記述が大幅に追加されていて…以前のほうが構成がすっきりしていてよかったなあ、と思わなくもないけれど。まあ、過剰もそれはそれでまた良しです。


で、ね。『釜石の石割桜』を読むと、その釜石の店にも興味が出てくるのだけれど。そしてその店はいまでもあるんだろうか。孤独のグルメに出てくる店の追っかけするのは無粋だなんで言いながら
http://d.hatena.ne.jp/zaikabou/20070424/1177418292
やっぱり自分はミーハーなので、ちょっとググってみた。その店の所在はわからなかったけれど、かわりにエンテツさんのblogが網にかかった
岩手県釜石 呑べえ横丁: ザ大衆食つまみぐい
エンテツさん、こと遠藤哲夫さんが釜石を訪れたときは

釜石といえば、「孤独のグルメ」を読んだひとは、その巻末にある久住昌之さんの「釜石の石割り桜」を思うかも知れない。ワレワレ一行5人は、その居酒屋を訪ねることはしなかった。

で、別の店『鬼灯』に入っている。この店もとても良い店のようで、釜石に行ってみたくなる。そしてこの時の訪問記が…エンテツさんはゲストなんだけれど…収録されているのが、この本

今宵も酒場部

今宵も酒場部

牧野伊三夫さんと鴨井岳さんが、主に東京近郊、時に地方の酒場を巡ったエッセイ。この中に、エンテツさんと共に釜石の『鬼灯』を訪ねるの記が載っている。牧野伊三夫さんといえば、画家で、暮しの手帖の表紙や挿絵を手がけ、そしてあの、素晴らしい北九州市PR紙『雲のうえ』の編集委員をしている人
北九州市情報誌『雲のうえ』が本当に素晴らしい - 日毎に敵と懶惰に戦う
そして数々の素晴らしい仕事をしているひと
牧野伊三夫展、写美で田村彰英、『情報』の教科書を読む会 - 日毎に敵と懶惰に戦う
その牧野さんが酒場で飲みながらイラストを描き、牧野さんと鴨井さんが交互に文章を書く、そんな酒場の訪問記。訪問する酒場が、みな味のある酒場ばかりで、どれもこれも行きたくなる。こんな店で、飲んだら楽しいだろうな、というような店ばかり。どちらの文章も良いのだけれど、牧野さんのほうがより洒脱でカラリとしていて、私には好みだった。
酒場の案内としてだけじゃなく、エッセイとしても面白い。例えば十条付近で店をはしごすると、最初の店は牧野さんが、次の店は鴨井さんが、文章を書いていたりする。そこで、微妙な空気感が2人の目から伝わってきたりする。そんなところも、とても良い本になっている。
野毛では、『ホッピー仙人』が紹介されている。確かにここのホッピーはばかに美味い
今日の野毛徘徊日記 - 日毎に敵と懶惰に戦う
そんなこんなを読みながら、ああ、ぶらっと飲みに行こう、なんて思うのだった。


ちなみに酒場部のテーマソングは『生活の柄』であるらしい