日毎に敵と懶惰に戦う

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横浜美術館『松井冬子展』

いい天気なのだけれど、ぐったりしていてあまり出掛ける気にもならず。洗濯をしたり、だらだらと寝ていたり。そうこうするうちに、もう3時前か…。用足しに横浜中央郵便局まで行き、その足でみなとみらいの臨港パークに着けば、もう4時、夕闇迫る

横浜美術館へ。本日からはじまる、松井冬子

横浜美術館
松井冬子というと、写実的で幽玄でグロテスクでもある日本画を画く人なんだけれど、割合、その容姿というか、絵そのもの以外で話題になりがちな人でありまして。特に、NHKETV特集「痛みが美に変わる時〜画家・松井冬子の世界〜」における上野千鶴子との対談とかね
松井冬子と上野千鶴子の対談に想う/ETV特集「痛みが美に変わる時〜画家・松井冬子の世界」 - みどりの一期一会
http://d.hatena.ne.jp/nagano_haru/20090709/1247140423
松井冬子は『日本画で初めての女性博士号を取得した人』であり、ちなみに、東京藝術大学日本画科で初めて博士号を取得したのは村上隆なんですけれどもこれは余談。1992年から東京藝術大学の受験を続けて、途中で日本画に転向して1998年に合格して入学していたり、なかなか、一筋縄ではいかぬ経歴の持ち主なんですね。
その公立美術館でははじめての大規模個展が横浜美術館で開かれる。そのサブタイトルは『世界中の子と友達になれる』。彼女の絵を見た人であれば、そのファンタジックで能天気なタイトルに違和感を覚えると思う。これはどういう意味なのか。小さな時『世界中の子と友達になれる』と夢見た少女松井冬子が、大人になって『世界中の子と友達になれる』など妄想に過ぎないと思い知った時、『世界中の子と友達になれる』という感覚は、狂気や妄執の象徴として、彼女の絵の出発点になった。だから、つまり、はじめっから『世界中の子と友達になれる』わけがないのです。
で、さて、展覧会であります。博士論文『知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避』で博士号を取った松井冬子さんの絵はですね。横に思い入れたっぷりのキャプションが、たぶん自分で御付けになったのだろう。その、下絵や習作、写生などが半分ほどありつつも総数107点あまりになる大個展、印象をひと言であらわせば、どうにも『色褪せている』ように感じるのですよね…。はじめから色が淡いとか、なにか保存上の問題で色褪せてしまったとか、そういうのもあるのかもしれませんが、全体的に、印象として、くすんでいるというか色褪せている…
107点のボリュームで、松井冬子の『絵』について知りたかったらとにかくこの個展はこなければならない、そしてそれは『絵』だけではなく、美術として何かが廻っている様子を見るためにも、この個展には来なければならないと思うのです。今回の展覧会、美術館所蔵作品は、佐藤美術館、森美術館の各1点、それから東京藝術大学所蔵の2点のみ。あとは成山画廊所蔵も数点あるんですが、それ以外は写生を中心にした作家蔵のものを除けば、ほとんどが個人蔵のものなんですね。そして、相当数の個人蔵作品に、『誰の所蔵であるか』がはっきり書かれている!これはわりと珍しいのではないか
ちなみに作品一覧については初日の段階では置いてありませんでしたが、係員に言えばコピーをくれます。もう数日すればちゃんと置かれるかも。それにも、所蔵者がはっきり明記されている。やはりというかなんというか、成山画廊のオーナー、成山明光氏が一番多く、目立つのは高島匡夫氏(ギャラリーオーナー)、浜村達夫氏、花房香氏、大縄順一氏…山下祐二氏、も一点ありますね!『ワンピース倶楽部 嶋津充氏』所属まで書いてあるのはこの人だけでしょうか…。
だからなんだと申すわけでは無いんですか、松井冬子の絵がしっかり売れている、個人のコレクターがしっかりついている、そういう、経済が廻っている様子をどーん、と見せられる見られる、そしてそれは村上隆の文脈などとは別のところで脈々と続いて来て、そして続いて行くのではないか、その様子を見ることが出来る。そういう、非常に貴重な機会なのではないか。今日のアートシーンを少しでも注視している人であるならば、今回の展覧会は外せないのではないだろうか…という気がしたのでした。
彦坂センセのこんなの置いておきます

何よりも、絵画としての存在感が、薄いのである。
http://hikosaka.blog.so-net.ne.jp/2008-11-27-1

松井冬子の美しは、
ヤクザ映画の美なのである。
http://hikosaka.blog.so-net.ne.jp/2008-02-24-2

見識と言うか審美眼というか、そういうものを信頼している人のこんなのも置いておきます

時にディレッタントは諦観の境地へと至って黙る。そして心中ひそかに田吾作がと他を軽蔑する。不毛な生き物であるなぁ。非実作者が「現代美術」を語るとはやはりコンテクストという名の薀蓄を語ることであって、そして文脈間の闘争の名において、時に某が排除され、某は排斥され――経済の外部において非プロパーが私的にその選別をやって、どうなる。美術に限ったことでなく、私は時にそう思う。
知性とは何であろうか? - 地を這う難破船

さて、コレクション展
横浜美術館
今回のコレクション展は面白い。『【特集展示】下岡連杖と幕末明治の写真』ということで、貴重で非常に面白い写真が、どーんと一堂に展示。美術的興味だけでなく、歴史資料としての興味からも、これは見逃せないと思います。また、『【特集展示】タゴール生誕150周年「タゴールと三溪ゆかりの日本画家たち」』も、歴史的文化的背景なども考えながらみると、これまた大変に面白い。妙に圧縮陳列というか、コレクション展全体の展示の濃度が普段に比べても高く、是非訪れていただきたいと思います。
そんなこんなで横浜美術館を離れ、寿町のろうそくの明かりを少し見てから、南太田の第二大和湯で体をほぐし。横浜橋商店街で買い物して帰宅して、晩飯にしたのでした。