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『セザンヌ - パリとプロヴァンス』展

キュレーターで、『セザンヌの食卓』などの著書もある林綾野さんの解説を聞きながら『セザンヌ展』を見る機会に恵まれた

セザンヌと言えば、知名度で言えばピカ一であり、ゴッホとか、ルノワールとか、名前の浸透具合で言えば大差ないはず。しかし、じゃあその作品は?と聞かれると、…静物画の人?近所の山の絵を沢山画いていた人?みたいな感じで、セザンヌ展!と言われてもあんまり食指の動かない人もいるかと。

しかしですね、セザンヌは『近代絵画の父』とも呼ばれていまして、今日に至る絵画技法の確立、抽象画の確立にも非常に影響を与えており、とくに画家の間でその信奉者が多いんですね。玄人好み、ということなのかもしれない。
ポール・セザンヌ - Wikipedia
で、今回のセザンヌ展は、すごい。何がすごいって、本日は内覧会なので写真撮っていいです、と言われたんだけど、『作品の1点撮りはしないで展示風景で』『このリストに載っている作品は写真撮らないでください』と言われたリストに、全部の展示作品のほぼ半分、45点が列挙されている(笑)どうやって写真を撮ればいいのだ(笑)つまり、それだけ権利関係が複雑というか、8ヶ国40あまりの美術館から90点の作品を集めてきており、その苦労たるや、いや、大変だったろうなあ、と

美術品は実物を見てこそ…であるので、それだけの作品をいっぺんに見られる機会は大変貴重なわけですよ。

セザンヌの絵というのは、なんかこう、つかみどころがない、というか、ぶっちゃけ下手糞なんじゃ…みたいなところがある。たとえば果物を画くでも、美味しそうに上手な果物、ではなく、それを物体として捉えて、どうやったらキャンバス上にその裏側まで表現できるのか、みたいな没入性がある。風景を描いていても、美しく写し取るのではなく、まるで積み木のように要素を組み合わせて構築して、写真のような美しさではなく、その場の空気、空間をどうやってキャンバス上に表現するのか、という。
それはつまり、ピカソなどに見られるいわゆる“多視点描画”のはじまりなのだけれど、その多視点という概念を知らなくても、なんとなくパースがくるっていて下手なのかな?みたいな絵を沢山見ていくとですね、目の前の風景全体、私がそこで、その空気感を含めて、そこを歩き、暮らす私が、それをどうやってキャンバス上に表現し得るのか、その苦闘ぶりが、見えてくる。さらっと見てもわかんないんですね、たぶん、自分で絵を描こうと思い、いろいろ苦悩した末にセザンヌの絵を見ると、ああっ!みたいな驚きがあるんだろうな、と思うのです。
それは沢山描かれたサント=ヴィクトノワール山についてもそうで、実物をさらっと見ただけでは大変地味な山なんだそうですが、近所にいると常に見えて、時間や視点によって、非常に多彩な表情が見えて来て、どんどん愛着が湧いてしまうような山なのだという。それを時間や視点によって美しく画きわけるのではなく、山の魅力のすべてをキャンバス上に表現する試みが沢山の絵になっているのではないか、というのが、林綾野さんのお話。

この肖像画、画商さんに、100回以上ポーズを取らせて、ちょっとでも動くと『りんごは動かないでしょ!』とか怒ったとかなんとか…大変だなあ、画商さん

で、セザンヌと言えば一番有名かしらん、という、『りんごとオレンジ』。ここまでの話で、なんかとっつきにくいかなあ?という印象を与えたかもしれないセザンヌでありますが、この絵画とか、とにかく色が綺麗なのです。印刷とか、写真とかだとわからない、実物を見たときの、その色彩の美しさ。ああ、実物を見て良かった!と思った。この絵、個別の果物を見るとただの丸が画いているようなんだけれど、それが沢山重なって構成されることによって絵が成立する、という不思議さも味わうことができる。それはやはり、実物を見るにしかず、なんですね。
パンフレットに載っている最晩年の『サント=ヴィクトノワール山』も、パンフレットに載ってるのを見ると。んー?という感じなんだけど、実物を見ると、抽象画に連なっていく嚆矢でもあり、そして危ういバランスで画面全体が見事に構成されていることがわかる。テートの『庭師ヴァリエ』の光と言うか、空気感と言うか、その表現も素晴らしい。オルセーの素描『りんご、グラス、瓶』の、これ以上外側を画いてしまったら絵としてのバランスが崩れてしまう、という一歩手前っでぎりぎり止まっている面白さがあったりします。

セザンヌのアトリエが再現されていて、実際にセザンヌがデッサンに使ったものが沢山展示されているのも面白かった

いや、リンゴはもちろん、違うよ(笑)瓶とお皿とグラスがそうです。パレットもあったり

というわけで、セザンヌ展は6月11日までであります
http://cezanne.exhn.jp/
国立新美術館 THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO