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横浜美術館『ホイッスラー展』は作家の炎上系自意識に乗っかると楽しい展覧会

京都から巡回し、横浜美術館で開催されているホイッスラーの展覧会に行ってきました


横浜美術館開館25周年 ホイッスラー展 | 開催中の展覧会・予告 | 展覧会 | 横浜美術館
ホイッスラー展 / 良き師、良き友
私ですね、正直、ホイッスラーって名前は聞いたことあるが…ぐらいで、あんまりよく知らなかったですよ。アメリカで産まれ、パリに渡りクールベの影響を受け、その後ロンドンに住んで、欧州を拠点に絵画を描き続け、王立英国芸術家協会の会長や、国際彫刻家・画家・版画家協会会長も務めた人…。印象派と同時代に生きつつも、ラファエル前派と親交篤く、唯美主義の中心的人物であり、ジャポニズムの代表的作家でもある人…ということなんですが。

今回の展覧会、私同様に、あんまりホイッスラー知らないなあ、という方は、美術館のパンフレット置き場とかに置かれている“ミュージアムカフェマガジン”を読んでおくことを強くお勧めしたい

プレスリリース|廣済堂
1月号がホイッスラー特集なんですが、そこに、辛酸なめ子先生がホイッスラーについての4ページの漫画を描いている

これを読むとホイッスラーのことが良くわかる!というか、辛酸なめ子先生の視点に支配されてホイッスラーのイメージが固まってしまう危険性も秘めているんですが、とにかく、作品を見るときの補助線がしっかり引かれるので読んでいただきたいのだ。横浜美術館では今品切れで、中の人が補充します!って言ってましたが、iOSアプリ「ミュージアムカフェ」からもダウンロードして読めるようになっています
ミュージアムカフェを App Store で
さてさて、ホイッスラーはダンディーな伊達男でモテモテで偏屈で自分大好きで自意識強すぎ!というイメージを、辛酸なめ子先生の漫画で刷り込んでいただいたところで、見始めるこの展覧会ですが、最初のコーナーは肖像画からはじまります。このあたりの作品だけふーん、と眺めてると、普通に上手な人ですなー、くらいの印象になってしまうんですが…(この先、ホイッスラー展の写真は、許可を得て撮影しています)


まず、描いている対象が、基本的に美女というか、美少女というか、そんなんばかりである。たいへんダンディーでおモテになったホイッスラー先生、モデル選びもより取り見取り。ラファエル前派や唯美主義においては、素敵な美しいもの描くためには、作家自身も華麗にモテモテ生活を送らにゃならんのでありまして、モデルさんと懇ろになったりするんですねこんにゃろ!
モデルの皆さんも割合、日本人好みな女子ばかり。当時の宗教画とか伝統的な絵画へのアンチテーゼとしてただ美しく!を求めた唯美主義においては、豊満で包み込むような女性像に対して、エキゾチックなモデル選定にも意味があったんでしょうね。この右側の『黄色と金色のハーモニー』1877年頃にミュージック・ホールで余興をやっていた12〜13歳くらいの少女を描いたものだそう。モデル選定がよいご趣味であります。

また、左側は、文芸評論家のカーライルを描いたもの。夏目漱石も英国滞在中にこの絵を見たんじゃないかな、と言われているみたい。カーライルはホイッスラー先生が母親を描いた肖像画に感銘を受け、同じような構図で描いてほしいと依頼したそうですが、延々と長時間、自分が納得できるまで同じ格好でモデルをさせるホイッスラー先生の頑固さに、カーライルいい加減辟易して、あんな偏屈な人間はいない!と激怒したそうです。しかしそれでも、仕上がりには大いに満足したとか。
さて美麗な…わりとお仕事感もほの見える肖像画コーナーを過ぎますと、風景画が続きます。あっ、今回の展覧会、時系列ではなく、テーマ別に並んでますよ。最初はかっちりした写実的な風景画を描いて評価されていたホイッスラー先生、ロンドンのオールド・ウェストミンスター・ブリッジが解体される様子を描いたこれなんかなかなか良いんです。

他にも、今回の展覧会にはエッチング(版画)の風景画がとてもたくさん出ていて、これも見もの。ホイッスラー先生、一時期は、俺はずっとエッチングで身を立てていくのだ…と決意したほど確かな腕と評判を得ていたのです。ですが本人それに飽き足らなくなり、別の形で、一つの到達点として描かれたのがこちらの作品『肌色と緑色の黄昏:バルパライソ

女性関係とか人間関係とかいろいろ疲れちゃって、南米にフラッと逃げて来てしまったホイッスラー先生が描いたのは、バルパライソの夕暮れを一気呵成に描き上げた作品。これはぜひ、美術館で実物を見ていただきたい。黄昏時の空の色の変化をそのまま写し取ったような見事な風景であり、一枚の絵の中でも視点の置き場所で見え方ががわりと変わるような絵であり、また、心象風景にもなっている。今回の展覧会の音声ガイドはリリー・フランキーなんですが

そう、モテオッサンのリリー・フランキーなんですが、この絵が一番気に入ったそうで、普通の解説以外に、ボーナストラックとしてもう一つ、リリー・フランキーの解説が入っている。この語りが面白い。この画を描いたころのホイッスラーの心情に自分の思いを仮託して、いろんなしがらみを投げ捨ててどっかに行っちゃいたくなる時があるよね…俺もいつまで東京にいるんだろう、なんて思っちゃうよね…などと、あの渋い声で耳元で囁いてくれます。映画の『モテキ』で、傷心の麻生久美子と遊んじゃう悪いオッサンを思い出しますね!

バルパライソと同年に描いた『ノクターン:ソレント』、そして10年くらい後に描かれた『青と銀色のノクターン』なども、油絵具を薄めて、空気感を写し取るように描かれた作品。わたしはこのあたりが大好きでした。特に『青と銀色のノクターン』は、キャンバスの地が見えるくらいの薄さで水彩画のように色を重ねて描かれていて、ほの暗いグラデーションで風景がぼんやりと浮かび上がる画面は、まるで、ぼかした写真を目の粗い用紙にプリントしたような、とても不思議な味わいを生み出しています。こういうのもほんと、写真じゃわからなくて、実物の質感を見たい絵なんですよね。
ホイッスラー先生は、当時の、絵に宗教的だったり象徴的だったりの意味を求めるような考え方は違うんだと言うわけです。絵画はとにかく美しくなきゃいけないんだ、ただ美しくあればいいんだと。それが唯美主義です。だから、あえて絵のタイトルにも意味のある名前をつけません。色彩の和音こそが絵画なのである…というわけで、音楽に関係する用語をタイトルにする。描いているのは対象そのものではない、対象が織りなす色彩の美学である、音楽である。さきの絵も『ノクターン』というタイトルが付けられていて、同じタイトルで多くの作品がシリーズ制作されていました。風景ばかりでなく、人物を描くにあたってもこの姿勢は一貫していて…

『白のシンフォニー』と名付けたこの画も、色彩の織りなす美しさ、芸術至上主義に基づいて描かれているのです。左側が『白のシンフォニー No.2』右側が『白のシンフォニー No.3』。その前に描かれた、これは出展されていませんが後に『白のシンフォニー No.1』と名付けられた作品…発表当時は『白の少女』と名付けられた作品、これは印象派のマネの『草上の昼食』と共に1963年のパリのサロンに落選し、スキャンダラスな議論を巻き起こします。当時の、絵画に意味を求める価値観への挑戦と受け取られたわけですね。(というか、この年は落選作品が3,000点以上にも達して、落選展が大々的に開催されて、大騒ぎになったんだとか)
さて、この左側の絵画のモデルとなった女性は『ジョー』と呼ばれた人で、ホイッスラー先生の恋人だったんですが、別れる前に描かれて物憂げなお顔らしい…。実はこの『ジョー』さん、ホイッスラー先生の師匠筋のクールベのモデルもやっていて、クールベと言えば荒々しい海景も有名ですが、かの『世界の起源』(どんな画かは自分でググってね!)もこのジョーをモデルに描かれたのでは?と言われているとか。その後、ホイッスラー先生とジョーの関係はぎくしゃくして別れに至るそうですが、そりゃ、あんな『世界の起源』なんて描いたら、そりゃあねえ…ホイッスラー怒るで(『世界の起源』がどんなんかは、ググってね!!)。
ホイッスラーと関係の深い『ラファエル前派』の展覧会が昨年森アーツセンターで開催され、作品の素晴らしさもさることながら、作家達とモデル達の、ビバヒル真っ青の、そんなにぐるぐるまわるとバターになっちゃう!みたいな、複雑怪奇なくっついたり離れたりの人間関係に驚愕したものですが、ホイッスラー先生の周辺も負けず劣らず、みなさんヤンチャであります。
なんだか話が脱線気味になってしまってますね…。さてさて、話を戻して。ホイッスラー先生はジャポニズムの代表的作家としても有名です。こんな絵を描いたり

日本の浮世絵にも構図的に大いに影響を受けて、橋の欄干でたたずむ女性たちを描いたり

ノクターンシリーズのひとつでもあり、ジャポニズムの影響が濃い作品でもあるのがこちら、『ノクターン:青と金色-オールド・バターシー・ブリッジ』

オールド・バターシー・ブリッジは本来、こんなに橋脚が長い橋ではなかったんですが、広重の浮世絵の構図に影響を受けて、川から高々と見上げるような構図で描かれている。そもそも『ノクターン』シリーズそのもの色彩も、色数が限られる浮世絵がグラデーションをうまく使って色彩で風景を描いていることを参考にして、薄めた油絵具を重ねて空気感を描く技法に至っていたようで。いろんな意味で、日本の作品を参考に昇華していった人なんですね。

その他、ホイッスラー先生は蝶が大好きだったみたいで

自分の作品に全部蝶を描きこんでいて『蝶を探せ…』状態であったり(やや中二病っぽさを感じますね)…
自身のパトロンに、装飾の仕上げを任された部屋を、アンティークの壁紙も気に入らねえな、と剥がして自分好みの絵を描いてしまい、ピーコック・ルームと名付けて勝手に内覧会を開いてパトロンと絶交したり…
自分の絵を『絵具壺をぶちまけたようだ』と酷評したラスキンと泥沼の裁判をやったり、『敵を作る優美な方法』という本を出版したり、なかなか、自意識過剰で炎上系のエピソードに事欠かないホイッスラー先生、作家に自意識に乗っかりながら見ていくと、深みと味わいが出てとても楽しい展覧会だと思うのでした。
続くコレクション展においても(コレクション展は写真撮影可能です)
横浜美術館コレクション展 2014年度 第2期 | 開催中の展覧会・予告 | 展覧会 | 横浜美術館

ホイッスラー展に関連し、「光と影―都市との対話」と題して、興味深い作品が並んでいます。小林清親の新版画の光と影の表現はとても素敵だし


サルバドール・ダリの三連作『幻想的風景』は明るさの対比とグラデーションも見どころの、横浜美術館名物の巨大な作品

奥山民枝『山夢』、中上清『Untitled』も好きな作品

写真のコーナーでは、米田知子の、阪神淡路大震災の直後と復興後の神戸を写しとった作品もあります

元永定正、白髪一雄、中村一美、辰野登恵子など錚々たるメンバーが並ぶ戦後抽象画のコーナーも合わせてどうぞ


展覧会は3月1日までです。

ホイッスラー展 / 良き師、良き友