日毎に敵と懶惰に戦う

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兵庫県立美術館『1945年±5年』を見る

4時半起床、朝の電車に乗りまして

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客先でお仕事。終わって、また宿に戻ってシャワーを浴びて、8時過ぎに朝飯。中国からの観光客の人で、食堂もロビーも溢れかえっていた。

また出て事務所で仕事を片付け、また夜から仕事があるので早々に引き上げて…ホテルで仮眠、の前に、ひとつ美術館。JRの灘駅で降りて、向かう先は兵庫県立美術館であります

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本日見るのは、この日曜日で終わってしまう『1945年±5年 激動と復興の時代 時代を生きぬいた作品』

会期ギリギリの滑り込みになってしまったけれど、これは本当に来てよかった。ちょっと沢山の言葉が溢れて表現しきれない。文句無しの今年No.1だと思う。日本の戦争と美術と歴史を考える展覧会の集大成、決定版になっている。

兵庫県立美術館は、安藤忠雄によるコンクリートの質量が圧倒的な美術館であるけれど、この展覧会の入り口は特にそのコンクリートが印象を強くする。

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展覧会タイトルが、まるで巨大な墓標に穿たれているかのようだ。全体的に、そのような、雰囲気の漂っている展覧会だった。

1940年のまだ明るさの残る世相から、琉球朝鮮満州南方戦場銃後焼跡…と、時代を追って描かれる場面は多岐にわたり、美術、そしてわたしたちの生活は戦争という状況を前にして如何に身過ぎ世過ぎしてきたのか、を追っていく。あるいは戦争が行き詰った状況下における私たちの精神性のあり様が、美術作品を通じて露呈される。

戦争そのものを描いた戦争画にも心ざわつくものがあるけれど、むしろ今回の場合、中国本土への爆撃を行った九六式陸上攻撃機を背景に行幸する昭和天皇、空襲下で消火活動を行う人たち(防空法の縛られなければ助かった人がもっと多かったはず…)、日の丸を顔に載せて横たわる遺体…小早川秋聲『國之盾』、ものすごく、心が、嫌なザワザワの仕方をするような作品が数多く並んでいる。

水木しげるのスケッチがあったり、ああ、こういう作品もあるのか、という品揃えの幅広さ。山下菊二も、戦地や捕虜収容所でのスケッチあり、怪しげなコラージュ作品『日本の敵 米国の崩壊』あり(和田三造の『興亜曼荼羅』と並べるところが憎い)、さらに終戦後、焼け跡のスケッチありと、時代諸相をそれぞれ取り上げているところが良い。そう、小磯良平にしても、戦争画もあるけれどそれ以外の作品もあり、作家の中でも戦争とどう向き合ってきたのか、そういうことを、作品をして語らしめるのですね。

初出がどこであるのか、わかる限り書かれているのも良い。戦中、陸軍美術展や決戦美術展など、報国を目的とした美術展も数多く開催されていた。その作品がどこに初出していたのか(物資が不足する中で、そのような展覧会に出品することを前提に優先的に画材が回されたりしていた)を知ることで、その作品の意味もまた変わってくる。一方で、戦後は、二科展などの公募展が重要な役割を果たしている。

戦後は二科展で活躍する吉原治良や桂ゆき、あるいは北脇昇も、戦争中に描いていたもの、戦後に描いたもの、それぞれあるのが興味深い。香月泰男も従軍先から出した絵手紙であるハイラル通信もあれば、戦後の作品もある。松本竣介は戦中も戦後も作品は一貫している。

最後には、丸木夫妻の原爆の図がある。とにかく、よくぞこれだけ広範に集めて構成してくれた、企画した人ありがとう、と言いたくなる。展覧会なのです。

神戸ではこの週末までだけれど、広島に巡回がある。見逃した方、夏の慰霊の日の近くにでも、広島に行ってみても損はないぞ、と思うのでした。

なんだか足元の定まらないような感覚を抱えたまま美術館を出て、阪神電車で尼崎へ。青山繁晴にサインを求めるひとがきが出来ていた

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ホテルに戻り、しばらく仮眠…しようと思ったけれど、サンテレビ阪神DeNA戦を見てしまい、久保のニヤニヤのらりくらり投球術に釘付け。仕事先に向かう途中の駅から、甲子園の灯りが見えて、このころ、見事3安打完封でゲームセット、2時間22分のスピードゲーム

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気をよくして、仕事先に向かったのでした

在華坊(@zaikabou)/2016年06月30日 - Twilog