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熱海『MOA美術館』リニューアルで素晴らしい展示空間に。これからは美術館のついでに温泉へ

熱海の坂の上に建つMOA美術館。温泉に行くついでにちょっと寄る美術館、というイメージを持っている人もいるかもしれないけれど、尾形光琳紅白梅図屏風』をはじめ国宝3点、数十点の重要文化財をはじめ、何千点ものお宝を所有する大美術館なのです。

MOA美術館 - Wikipedia

自分もだいぶ前に一度訪れて、 こんなにすばらしいものがたくさんあるのか!と驚愕したことがあります。そして標高260mの場所にあるので、熱海の海を見下ろす眺めもすばらしい(そのぶん、自転車で行くのが大変だった…)

このMOA美術館、開館から30年以上が経過したため、昨年の梅の季節を最後に休館に入り、この2月5日、梅の季節を迎えてリニューアルオープンすることになった。リニューアルにあたっては杉本博司が全面的に関わって、展示空間をやり直すことのなったと。

杉本博司…と聞くと、一抹の不安が漂うのです。だって、ほら、写真美術館リニューアルオープンのあれ 

展示空間がトタンで覆われていたり、文楽人形の首があちこちでカタカタ動いていたり、卒塔婆が並ぶ前で人形が笑ったりしていたら、どうしよう…。ちょっとそんな不安な気持ちも抱えつつやってきてみれば、どうだったのか。2階のメインエントランスから入ってみましょう。

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以下、内部の写真は特別な許可をいただいて撮影…では、ない。ありません。なんと、今回のリニューアルを機に、コレクションの展示については全面撮影可能になったのだ。最近、全国的に美術館における撮影を許容する方向にありますが、それにしても、太っ腹。

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入り口、高さ4mの重厚な自動扉を2つくぐり、振り返ると、黒と赤の2枚の扉の質感に圧倒される。これ、人間国宝室瀬和美氏による、漆塗り。これ以降も、なんだかすごいのは確かだけれど、説明されないと、どの程度すごいのかよくわからない細かい拘りが続きます。入り口くぐれば

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熱海の海を見下ろす導入部は、すっきり白く仕上がり、天井にも余計なものがない、以前よりもさらに広々した印象を与える大空間。これ以降の展示室も、天井含めて、なるべく余計な視覚要素を無くすということに心血が注がれている

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そして眼下に広がる熱海の海

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ここから展示室に足を踏み入れる。この床の踏み心地が良い

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で、展示室に足を踏み入れると、いきなり黒い壁が目の前にあらわれる

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以前のMOA美術館は、それぞれの展示室が広々していた。その広々も良かったんだけれど、展示室内でどのように動くか、動線が不明瞭な部分もあった。今回、思い切って展示室の真ん中に壁を築いてしまい(壁、世界的に流行りですので、って関係ないけど)、動線を明確にしている。

もちろん、壁の効果はそれだけじゃない。実はこの壁、黒漆喰の壁。このざらついた仕上げの黒い壁を後ろにすることで、展示ケースへの映り込みを極限まで防いでいる

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そして、展示物に向かいあうと…。なんかこれ、ガラスなんか無いように見えるけど、実はガラスがあるのです。床の畳と、その手前の木の部分の間にガラスがあるのです。写真にうまく撮ったから無いように見えるわけじゃないんだな、本当に展示室で見てもさっぱりわからないガラス。今回のこだわりの低反射ガラス。後ろの壁から照明から、作品を見るのにストレスをなるべく無くすために心血が注がれている。

この展示ケースのガラスを見ながら、これ絶対、観光客のおばちゃんとか、ゴンゴンぶつかりまくるやつや…大丈夫か…と不安になりますが、とにかく後ろに別の観客がいても映り込みはまったく気にならないし、作品をしっかり見ることができることは確か。

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そしてさっき、畳と言ったんだけど、畳だと色が焼けてしまうから(と解説してくれた人は行っていたけれど、実際のところ、展示室にイグサが使えない事情もあるようだ)実は紙で作った畳のようなものだと。この色のバラツキとか、どうやって出しているんだろう。で、畳のようなもの全体が最新鋭の免震台になっているのである。

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展示環境にもなるべく木を使う、という方針のもと、ここの部分は屋久杉、ここの部分は誰でも名前を知っている関西のある古刹の古材、などと、え、絶対言われないとわからない部分になんでそんなにこだわっているの、ちょっと馬鹿じゃないの、と思ってしまうくらい。杉本博司は余計なキャプション嫌いだから、そんな説明をあえてするような野暮なことはしないんだろうなあ。贅沢やなあ。お金があるところは違う…

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黒漆喰の壁の下のほうはレンガで、とか、絶対に気が付かないよこんなの…

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これぐらいの角度をつけると、左側の展示ケースのガラス、映り込みが入って、ああ、ガラスがあるんだな、とわかりますね。そして写真奥、最初の展示室入ってすぐ左の作品は、なんとガラス無しの露出展示

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最初にガラス無しでこの作品を見せられるから、あとのガラスの向こうの作品も、まるでガラスが無いように見えて、本当にガラスが無いのでは…と疑ってしまうのですね。これも考えられた効果なのだろうか。ほとんどトラップ

展示室の変わりようや、ガラス透明度や、壁にびっくりしながら次の展示室に入ると、さらに何事やあらん

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異様な存在感を放つ謎のモノリスのような物体が。これも黒漆喰仕上げ、曲線部分の仕上げに苦労しました、って、なるほどそりゃそうでしょう…。そしてこの中には

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国宝、野々村仁清『色絵藤花文茶壺』が。天井…というか、黒漆喰の小宇宙の天まで届く低反射ガラスのその中に。

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このガラスや照明などを見ていて、やはり思いだすのがサントリー美術館なのですね。サントリー美術館もガラスの低反射ぶり、照明のくっきりさで、あらゆる日本美術がクッキリハッキリ見える美術館。ただ、あまりにもはっきり見えすぎて、詫び錆びどこ行った、みたいになってしまっている。

このMOA美術館サントリー美術館とはまた違う。いかに作品を自然に見せるか、というために、あらゆる試行錯誤を尽くした照明により、作品と静かに向かい合うことができる。特にこの壺の場合、影を自然に作り出し、かつ、壺の天面に移りこむ光を、まるで月の明かりかのように自然に演出するために、天井の明かりも不思議な形状になっている

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この空間から出て、回り込むと、そこには国宝、尾形光琳紅白梅図屏風』。コレクション全部撮影可なので、もちろんこれも撮影可能なのです。

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この作品を展示することを想定した展示ケースなので、真ん中にガラスの切れ目が入らないようになっている

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この紅白梅図屏風、ほぼ門外不出で、外に貸し出されたのは、東日本大震災直後の仙台に行ったときだけ(根津美術館とバーターで外に出た特殊な事例は最近ありましたが)。貸してくれとの声は多数あるそうですが、とにかく貸さないので、最近は貸してほしいという声自体、かからないようになっているとか…

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ご存じの通り、文化財の公開については文化庁から通知がありまして、劣化の恐れのあるものは、展示期間は長くても年に60日以内とされている(焼き物などはこの限りではありません)

国宝・重要文化財の公開に関する取扱要項の制定について:文部科学省

だから、この紅白梅図屏風が見られるのは、ほぼ、梅の時期のMOA美術館だけなんですね。今回、野々村仁清『色絵藤花文茶壺』も立派過ぎる展示ケースを作ってしまったので、もう出ることはないのかも。

なんだか展示環境の話ばかりしていますが、今回はMOA美術館が持つ国宝はすべて展示されていますし

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その他、重要文化財もこれでもか、という数が展示されていて

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MOA美術館のお宝をまとめて見られる、またとない機会になっているのでした。

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展示室以外にも、建築的にも面白い部分がたくさんあるので、細部の仕上げフェチの方などにはたまらん感じになっていると思います。これを11ヵ月で仕上げた皆さんの苦労がしのばれますね…

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展示室の最後は、杉本博司による熱海の海景の展示になっていて、ここは撮影不可。実は今回、以前よりも作品の展示をゆったり行っており、展示作作品点数自体は少なくなっていいる。しかし、多すぎると後半に疲れて駆け足になってしまうので、今回くらいのほうがいいのかもしれない。それでも国宝重文オンパレードの80点、そうとうな充実感です。

売店もすっきりした仕上がり、人間国宝作の工芸品なども、比較的手の届く価格で販売されています

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カフェも、この石は地元のどこどこの…とか、言われないとわからないこだわりが細部まで…ほんと、お金があるっていいわね…

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今回、美術館へはタクシーで向かい、美術館の3階にほうからアプローチしましたが、もっと標高の低いところから地下の長大エスカレーターでアプローチする経路もある。そちらもかなりリニューアルされていますので、是非、ご自分も目で確かめてください。こっちも通らないと勿体ない

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それと、わりと多くの人が訪れずに勿体ないことになるんですが、日本庭園や、光琳屋敷(再現したもの)も素晴らしいので、忘れずに見て行ってください。

MOA美術館のサイトに、杉本博司氏のインタビューも掲載されています。訪問する前に読んでおくとよいかと

ちょうど熱海は梅が見ごろ、熱海梅園も梅まつりの真っ最中。これから、ますます満開になっていきます。

これは1月31日の様子

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熱海梅園の中ではMOA美術館のボランティアの人が、抹茶とお菓子を300円で提供しています。紅白梅図屏風と本物の梅、合わせてどうぞ。

熱海梅園のチケットの半券を持って行くと、MOA美術館のチケットが1600円から1300円に、300円引きになります。そもそも熱海梅園のチケットが300円なので、これはお得。(梅まつりの期間のみです)

その他、熱海観光に参考になりましたら

MOA美術館は2月5日リニューアルオープン。温泉のついでに行く美術館じゃない、美術館のついでに温泉に行く、ぐらいのつもりでも全然良い美術館です。