日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

泉屋博古屋形分館『ゆかた』と、国立新美術館『クリスチャン・ボルタンスキー[Lifetime]』

日曜日、お天気が良いので洗濯物を干してお出かけ。恵比寿へ。PANOF E STUDIOで「えむに」さんのガラス器を見る。急須を以前から買おうとしているけれど、大人気なので個展の初日に朝から並ばないとダメみたい…

昼飯は、以前から一度食べてみようと思っていた、Shake Shackで。いかにも、ニューヨーク発!コンセプト!という感じですね。歌って踊るアイスクリーム屋と通じるものがある。パンズがちょっと独特で、味はまあよかったです。レモネードとアイスティーを混ぜたのが美味しかった。

地下鉄で恵比寿から神谷町に出て、城山ヒルズの脇道を上って泉屋博古館分館へ

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泉屋博古屋形分館『ゆかた浴衣YUKATA』を見る。

東京:展示会情報|泉屋博古館 住友コレクション

江戸時代から現代まで…はじめは「湯帷子」、蒸し風呂に入るための上着だったゆかたが、徐々に夏の外出着になり、おしゃれに進化する様子を紹介する展覧会。

型染め、絞り染めなどの藍染で造られた浴衣、型染のための型紙、そして浴衣姿を描いた浮世絵がたくさん並ぶ。浴衣のデザイン性が高い。江戸時代は柄に謎解き要素を持たせたり、あえて秋や冬のモチーフを使って涼しさを演出したり、遊び心がある。

明治以降は謎解き要素は無くなり、デザインそのものが優先になる感じ。とくに昭和初期のモダンな柄に惹かれる。ほぼ、藍一色なんだけど、今のものより、着たいと思う浴衣が多い。

先週聞いた、旗袍(チャイナドレス) についての講演会でも、着る人が少なくなると進化が止まり、多様性がなくなり、そして決まり事ばかりが増える…という話があった。着物もまさにその通りで、浴衣についても、デザインの多様性がなくなるのですよね、あまり着られなくなると。

大正や昭和初期のモダンな着物については、以前、同じ美術館で見て、とても衝撃的だったな 

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 江戸時代に作られたファッション雑誌…染の見本帳が置かれており、江戸時代の人はこういうのも見ながらお仕立ての発注したのかなあ、と想像したのでした。

美術館を出て、もっさもさしたアジサイを眺め

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六本木一丁目から飯倉片町方面へ。「ニコラス」があった場所は、再開発がスタートしているのですね。はじまるまで長い道のりだったからなあ、虎ノ門・麻布台地区市街地再開発

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怒涛の巨大開発!虎ノ門の大変貌と森ビルの本気 | 飛翔~リニア時代の新しい名古屋へ

港区の大家さんが好き放題やってる

六本木の交差点を通り過ぎ、国立新美術館へ。ガラスの茶室、暑そうだな…

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アイスクリーム食べて少し休憩し、さて、展覧会を見ます。クリスチャン・ボルタンスキー「Lifetime」

クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime|企画展|展覧会|国立新美術館 THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO

私はクリスチャン・ボルタンスキー大好きで、特に、越後妻有の「最後の教室」が本当に好き

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廃校の中で展開されるインスタレーション、草の香り、明滅する明かり、扇風機の音と風、心臓の鼓動、雪のようにちらつく白い明かり…濃厚な「記憶と痕跡」。その強烈な印象で、それ以来、ボルタンスキー大好きになったんですね。講演会も行ったし 

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越後妻有で記録した心臓音を、豊島でも聞いたし 

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思い入れが強い。しかし、ボルタンスキーの作品は、場所に強く依存したところがある。「最後の教室」も、あの越後妻有の風景の中を遠路たどり着いて体験することに、多くの意味を依存している。

だから、今回の大規模回顧展は非常に楽しみであると同時に、ホワイトキューブの中でまとめてみるとどうなってしまうのだろう、という不安もあった。

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で、本展である。大回顧展の名に相応しいく、これまでの作品、せき込む男から最新作まで、広くて天井の高い空間にぎっしりならぶ。

が、やはり…。テーマを決めたインスタレーションではなく、まとめて回顧展にすると、個々の作品の意味が消失気味になり、地獄巡りの様相が強くなるな、と思ってしまう。

実は自分は大阪の国立国際での展覧会も見ている。その時の感想はこちら 

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大阪は、 一言で言えば、密度。代表作が息つく間無く次々現れ、心臓音と鯨への呼びかけと風鈴が混ざり合い、すべての作品の印象が展示空間全体で渾然一体となる。混乱と不安が不審から、没入、そして作品世界に融け入る。かつてない体験だった。

個別の作品という意味では無理に詰め込み過ぎの印象は拭えないが、作品間の境界は、会場の狭さを差っ引いても敢えて緩く、隙間を作っており、ボルタンスキーが意図したものなのだろう。失われたものの気配だけが残る冥界巡礼の様相。

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一方で東京展。出展作はだいたい同じだが、作品の配置、可変作品の構成など相当異なっており、違う展覧会のような印象を受ける。とにかく混沌とした、おもちゃ箱ひっくり返したような大阪より、かなりスッキリしたが、スッキリが良いのかどうかはなんとも言えない感じだった。

大阪展は個々の作品が呼応しあって、これまでに無い効果を生み出してもいたが、それはある程度、クリスチャン・ボルタンスキーの作品を見てきた人間にとっての受け止めであって。それほど見てないなら、東京展のような順路も明確で整然とした構成が、わかりやすくて良いかもしれない。

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いずれにしても、作品解説を印刷してから展示配置を変えてしまったり、直前まで試行錯誤していた様子が伺える。天井の高さをよく活かしているな、とも思う。大阪との違いも、会場の制約とか以上にボルタンスキー本人の意向が大きいのだろう。そういう意味で、回顧展だが、やはり全体がボルタンスキーの大きな作品でもある。

とにかく、いずれにしても、ざっと流さしてしまうと、なんだかいろいろあった、という印象しか残らないかもしれない。どこかで、気になる場所でじっと立ち止まって欲しい、そんな展覧会だった。

美術手帖の記事もお読みください 

ボルタンスキー過去最大規模の回顧展、国立新美術館で開幕。「Lifetime」に見るボルタンスキーの集大成|MAGAZINE | 美術手帖

地下一階では、ドキュメンタリー「クリスチャン・ボルタンスキーの可能な人生」も上映中だったらしい。見逃してしまった。近いうちに、これも見に行くことにしましょう。

美術館を出て、ぶらぶら歩いて表参道へ。新潟館ネスパスに寄ってから、エスパス ルイヴィトンへ。こちらでもクリスチャン・ボルタンスキーの作品を展示中。大阪展では本展覧会で出品されていたものも含まれる。

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「アニミタス」の豊島と死海の作品。2つの映像が向き合い、草むす香り、前後から響く風鈴、混じり合う虫の声と風の音、この空間がとてもよかった。いろんな感覚を刺激されながらずっと居られる。クリスチャン・ボルタンスキー展を新美で見たら、必ず合わせて行ってほしいですね。

Christian Boltanski | Espace Louis Vuitton Tokyo

表参道の交差点まで出たら、キッコーマンの豆乳のプロモーションをやっていたので、一つもらって

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地下鉄で新橋、横須賀線に乗って帰宅。カレーを食べておやすみなさい…

在華坊(@zaikabou)/2019年06月16日 - Twilog