日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

ホーチミンの街

なんだかぐったり疲れていたので、8時ごろに起床して飯。ホテルを出たとたん、日本語で話しかけてくるとんでもなくしつこいバイクタクシーの運転手に追い回される。他の地域ではこんなではなかったのだが、やはりホーチミンは日本人観光客が多いのだなあ。
そのほか、道端に椅子を置いて座っており、日本人と見ると「オニーサン、マッサージ」…いや、そういう性的な方向に怪しいマッサージではなくて、ぼったくりのマッサージらしい。「オネーサン、マッサージ」チラシを必死に渡そうとしてくる。ベトナムアールビバンみたいなものだろうか。
いずれにしても、ホーチミンに限って観光客向けの場所では日本語で話しかけてくる人が沢山おり、これはハノイを含めたほかでは見られない現象。特別なのだろう。首都はハノイなのだが、割合のんびりしていたハノイと違い、ホーチミンはまさに大都会、バンコクみたい。編み笠を被って棒を担いで物売りをしているひとはあまり見ず、道にはバイクが多いけれど乗用車もかなりの数が走っている。
おしゃれな店、綺麗な店も沢山あり、外国人に限らず、ベトナム人もお金を持っていそうな人が高そうな店で食事をしている。ケンタッキーもロッテリアもあるし、フォーのファーストフード店があり、地方の屋台で食べるのの5〜10倍はしそうな値段の店がベトナム人で溢れている。

街はまさに建築ラッシュの真っ最中で、外資系ホテル、外資系の金融機関をはじめとして、高層ビルがどんどん建っている。稲作に半数以上の国民が従事しているベトナムの中では、ある意味、ベトナムらしくないところがホーチミンなのだろう

ホーチミン定番観光

この日はまず、外国人向けの店がならぶドンコイ通りを北上し、市民劇場、教会、中央郵便局と眺める。郵便局は立派な建物で、奥にはしっかりホーおじさんの肖像が掲げられていた

ちょとしたおみやげはこういう公共機関の中でも売られているので、お土産の相場を見るには良いだろう。ここから歩いて統一会堂へ。

ベトナムの大統領府だったところで、北の兵士がサイゴン陥落時に旗を振った映像で有名。映像の世紀第9集の記憶が次々によみがえる。ここにはベトナム人の観光客も沢山いた。無駄に豪華だが妙に寒々しい感じの部屋の数々


数多くの無線機などが置かれ、細かい部屋に沢山分かれている薄暗い地下室も見所。ちょっとこわい

庭には戦車が飾られていた。「少女と戦車」ならぬ「老女と戦車」

その後、ホーチミン市歴史博物館を訪問。土器なんかはまあ、どうでも良くて、やはり見所は1945年からベトナム戦争にかけての展示で、ミトトンネルの断面模型とか素敵なものが沢山あった。そして、やはり明るい社会主義と革命な絵

うふふ、いいでせういいでせう。
昼飯はホーチミンに展開するフォーのファーストフードチェーン店、「PHO24」という店へ。若者がきびきび働いていて、日本のファーストフードを思わせる綺麗な店だった。それでもテーブルチェックなのはやはり文化なのだろうなあ。
それから、戦争博物館を見物するために歩く途中、「Highlands Coffee」なる、まあ要するにスタバみたいな店でコーヒーを飲んだのだが、高い!一杯250円くらいする。すげえなあ、地方とどんだけ物価の格差があるんだろうか。そして、やはりそれにしてもベトナムのコーヒーであるから、とてもあまーああいのであった。

戦争証跡博物館は、ホーチミンに来たらかならず行かなければいけない所である。アメリカの戦争犯罪をこれでもかこれでもかと見せてくれる博物館の客は欧米人ばかりであった。飾られている写真は、沢田教一をはじめとした日本人カメラマンのものがすごく多い。

庭に出ると、兵器の数々。しかし、もっと規模の大きな博物館だと思っていたのだが、思いのほかこじんまりした博物館だった


この次の部屋は枯葉剤の被害、の部屋で、ホルマリン漬けになった奇形児や、アメリカ軍が使った「反人道的な」兵器の数々を展示。その隣は「平和だ大事ですよね」的な子供の絵が沢山飾られているのであった。やはり、非常に重いものがあって疲れる博物館ではある。
世界の反戦活動を紹介する部屋、日本のものも沢山あったのだが、見たところすべて日本共産党の寄贈っぽいのだが…

その後、川沿いのホーチミン博物館へ、「もうホーチミン十分でしょ」といわれながらタクシーで。ここにも萌え萌えなホーチミン先生に沢山あうことができた。ベトナムの人はあれだ、多分、ホーチミン萌えなのだな


ホテルまで戻り、それから書店やデパートを冷やかした後、タイ料理の店で夕飯を済ませたのあった