日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

厳島神社に参拝、そして岩国錦帯橋

翌朝。昨晩の酒も残っておらず、概ね快調。そして旅の最終日。朝飯はバイキングなので昨夜と同じ場所に食べに行ったけれど、品数は多く不味いものも無いが際立って美味い物も無い、そして土地の名物と言えるようなものも無い、バイキングの見本のようなバイキングだった。卵焼きはその場で作ってくれていました。
昨晩は、早めに出て江田島に…なんて話も出ていたのだけれど、飯を食って茶を飲んだらもうそんな気分でもなく、水は低きに流れて、いいじゃありませんか、のんびりすれば。とりあえずギリギリまで粘ってから、荷物を預けて厳島神社に参拝。ちょうど大潮で、水位が高い時間だった。

本殿では結婚式の最中。すごい、厳島神社で結婚式なんて出来るんですね!だから誰も柏手などうっていなかったけれど、こちらは強行。強行したのはいいけれど、お賽銭を勢いよく投げ過ぎてしまって、式の参列者の足元まで転がってしまいました…投銭放銭のつもりではないのです、失礼しました…。

それにしても、対岸に見える新興宗教の建物、本殿から鳥居を見ると、まっすぐの方向に入るように建ててあるんだなー。失礼なやっちゃなー。お参りを終えて、宝物殿も見て(あまりこれといったものは無し)、ぐるりと廻って参道へ。大層な混雑で、これはかき祭りの混雑も大変なものなのでは…と危惧して行ったら案の定、酷い混雑。牡蠣を食うために大行列をするのも億劫だ、と、そのまま船に乗って宮島を後にする。昼飯時だったので、宮島口のすぐ前にある店であなごめしとカキフライ。これがねー、実に値段の割にイマイチであったことを申し添えておきます。目の前であなごめしひっくり返したり、接客もイマイチでありました。以前、美味しい弁当を買った店にすれば良かったんだろうけれど、混んでいたからね…
宮島口の駅からは普通列車で岩国へ。実は3人とも錦帯橋を見たことが無い、ということが発覚したため。電車は20分ほどですぐに岩国、周防の国に入る

タクシーで錦帯橋へ。さっきあなごめしを食べた店で新聞記事が張り出してあり、広島県の名物はあなごめしなんです、と主張していたけれど、そこには山口の名物としては『岩国寿司』なるものが書かれていた。岩国寿司。知らない。それでは食べてみましょうと、錦帯橋の前にある食堂で、荷物預けついでに寄ることにする。錦帯橋の“こちらがわ”の土産物屋、食堂はみな古く、30年か40年くらい前の観光地の雰囲気をそのまま残している。錦帯橋を訪れる観光客自体はそれほど減っていないのかもしれない。けれど、多くの観光客は大型バスで来るのではないだろうか。河川敷に大型バスが沢山停まっており、観光客はすぐに橋を眺めた後ですぐに橋の“むこうがわ”に渡って、岩国城などを見学するのだろう。だから、路線バスなどで訪れる客だけを相手にすることになる“こちらがわ”は一様に寂れている。この日入った食堂も、昔は旅館をやっていたのだろうけれど、今は廃業しているらしい。で、さて、その岩国寿司

要するに押しずしであって、魚などを使い、何段にも重ねる豪華さが特徴らしいのだけれど、この店で供された寿司は2段だけで、魚も上に乗ったエビだけ。うーん。まさに所謂“名物”だね、と納得する。美味い店はあるんだろうけれどね、きっと。ではさて、いい加減食べ過ぎて重くなった体を引き起こして橋へ



もっとガッカリする観光地なのかと思っていたけれど、なかなか、立派な橋で、美しい。石垣などはなんども流されてしまったのだろうか、今風の組み方で、いまいち風情に欠けるところはあるけれど。橋を渡ると古い建物が点在しているが

フロイト先生に分析してもらったほうが良さそうな、むやみやたらと水を飛ばし続ける噴水があったり

素材はいいんだけれど、ちょっと整備の方針を間違っているのではないか、という気がしないでもない…やや残念な観光地だなあ、と思う次第。如何にもな公園に整備しすぎなんですよね。一昔前は正解だったのかもしれないけれど、今は受けないよなあ。白へびがいますから是非見てくださいね、と食堂で勧められた白へびも見たけれど

うーん、まあ、白いへびでした。敷地の中にいた、ぬこのほうがかわいかった

そんなこんなで

再び橋を渡り、荷物を受け取って新岩国行きのバスに。短いバスの中で熟睡してしまい、やはり疲れているのだろうか。乗ったバスはこんなバスでした

宇野千代先生が岩国出身だから、だそうな。やっぱり岩国出身の弘兼憲史にちなんで、島耕作バスもあるそうですぞ。新岩国からは6両編成のこだまで広島、乗り換えてのぞみの自由席に陣取り、旅を振り返りながら帰宅したのでありました。長旅でございました。