日毎に敵と懶惰に戦う

酒と食い物と美術と旅と横浜…などの記録。Twitterやってます @zaikabou

北九州市情報誌『雲のうえ』が本当に素晴らしい

昨日、BankART Studio NYKに行った際に、受付脇に並ぶパンフレット類の隣に、なんだかこころ惹かれる表紙の冊子がおいてあった。
パラパラとめくってみて、北九州市の情報誌なのだな、ということを理解するのに少し時間が必要だった。だって、あんまりにも中身のクオリティが高いから。
貰って来たのは、2号から4号までの3冊。創刊号が品切れになっているらしいのが悔やまれる。

特集が、2号が『おーい、市場!』3号が『大人の社会科見学 君は、工場を見たか。』4号が『誰も知らない、小さな島。』。題名を見ただけでもわくわくする。まず、上で見てもらったように、表紙が良い。中身が気になって、手にとってみたくなる、スタイリッシュな表紙。手がけているのは、暮らしの手帳の表紙などもやっていた『牧野伊三夫』という人、この人は北九州の出身。そして、中身をめくると、まず写真が良い。

遠慮の無い大サイズで、市場の特集では市場の様子や市場で働く人たちの様子。工場の特集では、八幡製鉄所の素晴らしい写真の数々、釘を作る安田工業、そしてTOTOの工場。工場やラインに注目するだけでなく、そこで働く人の写真もちゃんとある。村上精機で溶接をやっている人の写真が、なんだかとてもすごい。仕事に対する誇りに溢れている、と言うのか。島の特集では、観光ガイドではけして取り上げない、無名の島々での人々の暮らしを取り上げた写真。
即物的に観光に結びつけよう、というのではなくて(市場のガイドとか工場見学の案内、島への行き方もあるので、観光にも利用できるのだけれど)、北九州という街のアイデンティティを再発見し、下支えすることで、明日の街の発展、活力を取り戻していこう、そういう意思が、写真一枚からでもビンビン伝わってくるような、そんな情報誌なのだ。ちょっとほかではお目にかかれない。(写真をどんどん紹介できないのが悔やまれる…ではなくて、実際に手にとって見てみて欲しいわけで)
2号ではもたいまさこが市場を歩く、という記事が秀逸で、まず市場に立つもたいさんの写真がですね、大変に素晴らしい。牧野伊三夫さんが聞き手に回り、市場を歩きながら、もたいまさことやりとりをする文章に、市場の空気ともたいさんの人柄が良く出ていて、読ませるのだ。工場の特集、島の特集でも、とても読ませる文章。
さてこの情報誌、創刊号は『扉のない酒場へ。』と題して、角打ち、すなわち、酒屋の軒先で立ち飲みで一杯、を特集していた。これについて賛辞している文章があるので、リンクしておく。雑誌を作っている人の話なんかは、この方の文章を読んでいただいたほうがわかりやすいと思うので
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2006/11/post_6320.html
この雑誌のタイトルの由来が、北九州市のページに書かれている

かつて、「坂の上にたなびく一筋の雲」を目指して、近代国家に飛翔しようと懸命だった時代がありました。近代化の原動力となったのは北九州市の重化学工業でした。全国でどこよりも早く雲をつかんだこの街は、さらに雲のうえを目指し、いま飛翔しようとしています。こうした街の姿や魅力を余すことなく伝えていきたいとの思いから本誌を「雲のうえ」と命名

http://www.city.kitakyushu.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=17846

そう、八幡製鉄所を中心とした重化学工業で、日本の近代化と、普通の人々の労働を通じた立身出世を支えた街なのだ、北九州は。
大月隆寛の『無法松の影』という本がある。この本は、“無法松の一生”という作品を通じて、民俗学的に世相の変化を捉えていった好著であるのだけれど

無法松の影 (文春文庫)

無法松の影 (文春文庫)

この本は、近代日本の民衆意識の骨格を描き出すことにも、力点が置かれている。そのためのしっかりした足場になっているのが北九州…小倉での取材である。『無法松の一生』の舞台となり、その作者、岩下俊作が、工場労働者として暮らした街、小倉。そこに取材し、明治から昭和初期にかけてのこの街の空気を描き出すことが、この『無法松の影』という本の大切なファクターになっている。
この情報誌に、私がビビビ、と反応するものがあったのは、その本を、しばらく前に読んだせいもあるのだろう。
創刊号で特集している『角打ち』は、まさにその、労働者―毎日の労働と暮らしに汲々としながらも、日本という国と庶民が、近代化と立身出世に向けて同床で夢を見られた(それが幻想だったかもしれなくても)ころの、工場帰りの労働者―にとっての一日の疲れを癒す楽しみだった。そして今でも角打ちができる場所が、北九州には残っている。その研究会まであるほど
http://kakubunken.jp/
その角打ちを創刊号で取り上げることからも、この雑誌の並々ならぬ意思を感じることができる。志のある雑誌。
なお、この雑誌、都内では青山ブックセンターで手に入れることができるらしい。送ってもらうことも出来る。
http://www.city.kitakyushu.jp/pcp_portal/PortalServlet;jsessionid=FD32F8E67D14387DB6597EE2A3E7092E?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=16176


追記。1号〜5号を合本したものが出版されました

雲のうえ: 一号から五号

雲のうえ: 一号から五号

さらに追記。関連エントリ
筑豊と北九州を歩く - 日毎に敵と懶惰に戦う