日毎に敵と懶惰に戦う

はてなダイアリーから引っ越しました。酒と食い物と美術と旅と横浜と建築と演芸と…

“マルクスもレーニンも毛さんも、百姓とともに働きともに闘う”『私本三里塚』という本がすごい

最近、札幌のデモの件とか、昨今の労働運動全般とかについてぬるぬる考えるうちに、全共闘とか成田闘争とかってなんだったんだろう、とぼんやり思うわけです。わたしの全共闘に関する知識って、まず最初に、中〜高校生の時に読んだ、現代書館から出ている、この一冊が土台になっているんですが

全学連 (FOR BEGINNERSシリーズ イラスト版オリジナル 12)

全学連 (FOR BEGINNERSシリーズ イラスト版オリジナル 12)

いや、まあ、わりとリベラルな学校だったので、この手の本は図書館に溢れてたわけですけれども。全体的な流れが把握するには、読みやすくて良い本ですよ。で、三里塚闘争についても当然興味を持つわけでして、そのころ、古本屋でみかけて、おっ、と思って買った本がこれ

まがまがしい真っ赤な表紙に惹かれて購入。500円。著者の早瀬二朗さんは、解放出版から結構本を出している人なんですけれども、この『私本三里塚』はその名の通り、私本なので、出版社から出したわけではないらしい。奥付には『1972年1月15日発行』とあって、あとは早瀬二朗さんの自宅と思われる、川崎の公社住宅の住所が書いてあるだけです。奥付に住所入れるって、昔の同人誌のノリですね。ぐぐっても、草柳大蔵の蔵書一覧しか出てこなかった。あるいみすごい
というわけで、今日はその内容をちょっと紹介したいと思います。本の構成は、新空港の建設決定から、空港の開港にいたるまでを、イラストと文で時系列に沿って紹介したもの。全体はこんな構成です

それでは、全部面白いので掲載したいところですが、一部だけ、イラストと文章を紹介していきます。なお、ここで紹介するのは本の内容ママなので、三里塚闘争の実際については、まずは手っ取り早くwikipediaなどを参照の上
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%87%8C%E5%A1%9A%E9%97%98%E4%BA%89
関連書籍などもご覧になり、ご自分で判断いただきたいと思います。また、運動にも濃淡や派閥があるので、ここで紹介する本は、ある運動をある視点から見ただけ、ということも認識してください(ようするに、これが変だからという理由のみで、三里塚闘争を全否定しないでね、ってこと)。私としては、初期の進め方は明らかに政府の失敗、とだけ言っておきます

ビジョンなし突如!決まった三里塚

富里の反対闘争にオソレをなして佐藤は、人事の佐藤らしい思いつきで富里の代替地だった三里塚を、切りくずし容易というだけで決定した。

タネもシカケもある“不自由非民主党手品”

驚きあわてた自民党は、空港反対の両議会に対して、猛烈で陰湿極まる切りくずしにでて、成田市議会の一人25万円の買収などのすえ、機動隊を動員して白紙に戻す暴挙にでた。

権力に対する闘い方で学生と心情的に結ばれる

前年末、第1次・2次の羽田闘争を闘った反日共系全学連中核派)が68・2・15駒井野団結小屋に現地闘争本部を設立した。これによってクイ打ちを許容した日共との離反がはじまる。

モノいわぬ百姓がはじめてことばを持ったとき

連日の査定阻止の闘いは、多年にわたって忍従を強いられ、自分の思想、行動の正当性を口にすることのなかった百姓に鮮烈なことばを与えた。

農学共闘から農学一体化して農村の封建制打破へ

援農を続ける女子学生と、地元青行隊員との間にめばえたロマンスが実を結ぶ。69・3・24、ML派として支援の女子学生Eさんと青行隊Yくんの結婚式。これらカップルの第1号となった。

百姓そのものになりきることから思想は生まれる

きたるべき土地収用法適用のための強制測量に備え70・1・16、支援の学生、労働者による現地行動隊を結成。マルクスもレーニンも毛さんも、百姓とともに働きともに闘う。

歴史の生き証人として子どもも闘う

70・2・16、同盟幹部会で2・19強制測量当日の同盟休校を決定。世はこれに非難の声をあびせたが、親が兄が姉が命がけで闘っている現実を直視させることこそ真の人間教育ではないか。

学校は子どもらに真実を教えているか

70・7・25、このころ空港問題をタブー化し、空港は国策であり、それに反対するのは悪であるとする学校教育を否定して、独自の農民学校実現への動きが具体化する。

子どもたちは見た 民主主義なるものの実態を

70・7・21、少行隊が青行団結小屋で自主的に合宿を行う。以後、少行独自の学習会を主催してゆく中で、善玉悪玉を見わけていった。そして同盟の中で西京の部隊として育ってゆく。

百姓を虫ケラと見る狂気の代執行

71・2・23から3・6にわたる第1次代執行は機械力にたより、手段を選ばぬ残忍さで百姓を陵辱し去った。65・6・1にとくに付け加えられた『関係地域住民の生活権をそこなうことのないよう』の国会決議は忘れ去られていた。

三里塚の百姓はそのソロバンを拒否する

71・3・8のあっせん案、3・21の成田市会の仲介案も同盟はよせつけず、あくまで三原則に生きることを主張した。百姓たちの土地に見る価値観が質的に転化していた。

オレたちの連帯をぶち壊しにくるヤツの責任は負わん

同じ日警官3人死亡。百姓にとって、生きるためのギリギリの運命共同体、三里塚連帯社会の破壊者のことなど知ったことではない。断じて許せぬのは12・8の青行11名の不当逮捕だ。

ごく貧しい者 弱い者が より資本の生贄にされる

百姓の命など虫ケラ以下に考え、生存の場よりほうりだし、一方では死んだが楽とばかりに、拷問なみの圧力をかけて死神の手に。

本はこの後、『いつもそうそうオメエらの食いものにはならねえぞ 低生産性というだけで、ありとあらゆる百姓殺しの法律は、棄農、出かせぎに追いたてる。その犠牲の上に工業化を進め、全国を公害化する資本本位、物質万能の経済大国化に、人間として反対する。』と結ばれます。
なお、三里塚闘争については、この漫画もどうぞ

ぼくの村の話 (1) (モーニングKC (305))

ぼくの村の話 (1) (モーニングKC (305))

それから、映像としては、小川紳介の一連のドキュメンタリーも面白いんじゃないでしょうか。「日本解放戦線・三里塚の夏」から「三里塚・辺田部落」まで、6本の映画を作っています。小川紳介の映画については、依然、アテネ・フランセで、横浜の寿町を扱った映画だけ見たことがありますが
小川紳介『どっこい!人間節−寿・自由労働者の街』 - 日毎に敵と懶惰に戦う
大変面白かったです