日毎に敵と懶惰に戦う

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自宅で土曜日、東京ラブストーリーを見る

土曜日、朝起きてみると、熱は無いものの咳が出たり、やや身体が重だるい感じがある。これはいけない。無理せず、たまには、家でのんびりしてよう。飯食う以外はだらだらベッドで過ごす。

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午後は平昌オリンピックで、羽生さん、将棋じゃなくてスケートのほうの羽生さんを見ていまして、なんか、ええもん見せてもらったわ…という感じでした。しかしこの、明らかに家にいる時間に東京ガスの不在票が入っていたのだが、どういうことだろう。

日本映画専門チャンネル東京ラブストーリー一挙放送をやっていて、しばらく見る。オープニングからドラマから何から何まで、1991年の東京の歴史資料映像感が凄い。特にオープニング映像における、1991年の『東京』イメージ。高層ビル群、銀座、都庁と首都高、外国人も混じる通勤の雑踏、路上パフォーマンス、公衆電話前の人だかり、公衆電話から一斉に吐き出されるテレホンカード、東京タワー前で愛をささやきあう二人。

いま、公衆電話の前に人だかりができている絵があったら、それは繁栄と喧騒ではなく、大災害発生の記号だ。

部屋の中を写したシーンでも、背景にフットワークのダンボール箱があったり(バブル期に伸張し2001年に経営破綻したフットワークは、産直便で名を売ったり、F1や不動産投資などに手を出したり、物流の中で特に「時代と寝た」会社だった)、手土産に(それなりによいものとして)持って来たのがジャックダニエル、それをお湯割りで飲む若者たち、ああ、ありとあらゆる画面に、時代の文脈が発生している。バブル初期、ワインも洋酒も、まだまだ今とは違う文脈が発生していた。

東京ラブストーリーは、バブル崩壊直前という時代も相まって、重い記号を背負うドラマになってしまったのだなあ。公衆電話と固定電話で会話しているシーンでも、昔の映画の中で出てきてもなんの違和感もないシーンなのに、日本の失われた30年のその前かと思うと、なにやら不思議な感慨がある。若者が良い部屋に住んでよいものを着ている(トレンディドラマにおける生活空間の分不相応さは、当時からツッコミどころではあったが)

ついでに、フジテレビが元気だった時代。

そんなこんなでしばらくだらだら見てしまい。風呂に入り、晩飯はグラタンを焼いて食べて、のんびりお茶して

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寝るのです。

在華坊(@zaikabou)/2018年02月17日 - Twilog