日毎に敵と懶惰に戦う

酒と食い物と美術と旅と横浜…などの記録。Twitterやってます @zaikabou

南京事件について

時々、断片的に表明するだけなんではっきり立場を書いておきますが、ま、幻派はトンデモでしょう。心情的には秦説あたりが納得しやすい(したい)けれども、数の議論をするだけの材料を持ってないので、つまり30万の可能性を否定する明確な材料は持ってないので、沈黙する、と。
で、あとは、例えば20万人くらいですね、ということになると日本にとって不利益なのか、というのだけがポイントであって、これはまあ、日本が国として明確な数字を表明しちゃうと吹き上がるものとかいろいろあるので、そこはそっとしておいて、国際世論的に20万くらいで落ち着くようなら(そもそも東京裁判はそういうことになってるし)それでいいんじゃないの、日本国として明言はしないけど。賠償?これ以上知らないよ?ってあたりで軟着陸すればいいんじゃないの、と。
だからそういう意味では、数のあたりは多分に政治的(イデオロギーと言ってもいいのかな)なんだけれど、『政治的な問題だ』と言い切っちゃうと、ヤヤコシイ連中が幻と30万を天秤にかけたりして逆効果なので。一番心配なのは変に穿り返して、ホロコースト否定派と南京幻派が同列に扱われる文脈みたいなのが出来て、その中で南京事件ホロコーストと同じ意味で捉えられるのはよろしくない、と。だから、いやいや、あれはイデオロギーじゃないですよ、などと抑えている人達、を見つつ、茶を啜りつつ今日も日が暮れる、というあたりで、ひとつ。
ただまあ、山本弘の行為に関しては、いろいろ異論のある向きもあるようだけれど、彼の言葉の届く先を鑑みる時に、否定派周辺に対する説得として有効に機能すると思うので積極的に擁護したい。

今日の日記

9時起床。さすがにお疲れ。家でのんべんだらりん。昼過ぎ、わりと遅くなってから出かけて、恵比寿の東京都写真美術館へ。『光と影』『球体写真二元論 細江英公の世界』『地球の旅人』。
『光と影』は、やはり森山大道いいなあ、という。『細江英公』は、薔薇刑のお耽美はあまり好みではないのだけれど、土方巽のは素晴らしい。大野一雄埴谷雄高の家を訪ねる、という、さりげない一枚に一番萌える。埴谷雄高宅の玄関前に立つ大野一雄の後姿。素人はすっこんでろ、という感じである。これから何か、とんでもないことが起きそうである。
『地球の旅人』は動物、山岳、自然の写真展なのであるけれど、その細密さ、プリントの美しさに唸る。こういうのは、写真家の技術はもちろんだけれど、テクノロジーの進歩に負うところも大なのだろうなあ。
歩いて中目黒まで。地元に戻り、綱島温泉の東京園へ。馬鹿な混雑で、老若取り混ぜて。何語でしゃべっているかわからないアフリカ系の人が談笑していたり、子供が大勢で走り回っていたり、幼児が転んで後頭部を打って火のついたように泣いていたり、大騒ぎだった。

今日見た夢

高校の全体集会か何かで体育館?だか講堂?だかに集められている。校長か理事か、が『我が校の生徒にも創価学会員がかなり居ますが、こんど、その意向により、その人達の学費の引き落としの口座を一本化することになりました』と発表してざわ、ざわ、と静かに騒然となり、誰かが立ち上がって反対意見を述べていて、その意見というのがプロテスタンティズムにおける勤労と報酬と原罪が云々みたいな論理で、ああなるほどそういう考え方もあるのか、と思いつつ宗教の論理に宗教で対抗してもしかたないのでは、と考えつつ、そういえばうちの高校はプロテスタント系だったなあ、などとぼんやり思い出す。次第に誰が決を取るのでもないけれど生徒が一斉に手を上げ始めて、ああこれは反対の意思を表明しているのだろうな、と自分もぼんやりと手を上げていた。