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東京都庭園美術館『クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス_さざめく亡霊たち』と記念講演会

海外で好きな現代美術の作家は、と聞かれれば、ウィリアム・ケントリッジかクリスチャン・ボルタンスキーか、と答える自分にとって、何を置いても行かなければいけない展覧会がはじまった

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東京都庭園美術館、クリスチャン・ボルタンスキーの展覧会『アニミタス_さざめく亡霊たち』

クリスチャン・ボルタンスキーは、場所や人々の記憶を手がかりにした大規模なインスタレーションで知られるフランスの作家であり、日本でなら大地の芸術祭の越後妻有『最後の教室』、あるいは、瀬戸内国際芸術祭の豊島『心臓音のアーカイブ』などで知られる。

2006年の夏。それまでにも、東京都現代美術館所蔵の『死んだスイス人の記録』などで印象深かったクリスチャン・ボルタンスキーの作品『最後の教室』を、まつだいから必死で自転車を漕いでようやくたどり着いた東川の集落の、元小学校で見ることとなる。 

廃校の体育館、廊下、校舎の1階から3階まで、全部を使った非常に大規模なインスタレーション。暗闇の中で、藁の香り、踏みしめる藁の感触、ゆらめく光、扇風機の風、遺影のような黒いパネル、鼓動、白い光の棺、ゆらめく雪の映像。ゆらめく、ゆらめく。暗い中で感覚が研ぎ澄まされ、鋭敏になった五感のすべてに訴えてくる、人の記憶、死者の追憶、不思議な感覚。

いっぺんで作品の世界に引き込まれてしまい、以降、私にとって『最後の教室』は、数年に1度出会う、現代美術のひとつの指標のような作品になった。自転車で里山を進み、大汗をかいて、その先に、あの『最後の教室』がある。いつも記憶の片隅のどこかに、あの藁の香りや鼓動がある。それを夢想して、夏になると、越後妻有を必ず目指してしまう… 

……

2009年の夏、雨の中たどり着いた『最後の教室』では、瀬戸内国際芸術祭での作品に使うのだという、心臓音を採取しており、自分もそこで心臓音を録音してもらった。そしてその心臓音は、豊島の『心臓音のアーカイブ』に納められることになる

飛行機と船とバスを乗り継ぎ、たどり着いた豊島の静かな浜辺の、そこで聞いた自分自身の心臓音は、 これはほんとうに自分の心臓音なのだろうか?なんだかぜんぜん無関係な音のような気もしてきて、とても不思議な体験だった。 

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庭園美術館を訪れた日は、大雨。雨の森の中に静かに佇む庭園美術館に足を踏み入れると、そこには作品らしい作品はほどんど見えない。しかし、屋敷の中をさ迷い歩くと、突然聴こえてくるささやき。そう、さざめく亡霊たち。

特に意味の無い、ふとした呟きであるような、しかして、屋敷の歴史とそのに住んでいた人々、あるいはこの屋敷で繰りひげられた歴史に思いを致すと、それぞれに深く意味があるような、そんなさざめきを聞きながら、屋敷を廻る。普段は展覧会のために撤去されている家具や調度もそのまま配置され、ますます、この屋敷で暮らした人々に思いを馳せる。

同時開催で、このお屋敷の歴史や室内装飾について紹介する展示をやっており、そのパネルもまた、想像力を働かせる助けとなる。

声に導かれるように2階に上がると、そこには心臓音と赤く明滅する電灯、そして影絵

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これはいったいなんなんだろうと疑問を抱えたまま、新しくできた展示棟へ。雨は降り続く

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その展示室で出会うのは、こちらを見つめる目。迷路のように張り巡らされたうす幕をめくりながら、大きな目に見つめられながら、これも彷徨う。中央の金色の固まりについて、あまり深く考えてはいけない

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そしてもうひとつの展示室に入ったとき。稲ワラが敷き詰められた空間に入り、匂いを嗅ぎ、踏み締めた瞬間

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わたしは越後妻有の『最後の教室』のあの体育館にいたのだった。そして荒涼とした空間に風鈴の音が鳴り響く『アニミタス』の

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その裏に周り、荒涼とした大地から聞こえていた風鈴の音が、森の中の風鈴の囁きに変わった瞬間、わたしは、まだ訪れたことのない、豊島の森の中にいたのだ

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この豊島の森は、今年作られたボルタンスキーの作品。ああ、また行かなければいけない場所が増えた。

ぼんやりと、どこか心残りのような、不思議な気持ちを抱えたまま、再び本館に戻ってゆらゆらと館内を廻る。出口付近のボルタンスキーのインタビューは時間の関係で飛ばしたのだけれど、これは必ず聞いたほうが良いと思う。そして、美術館の本館については土日祝は撮影禁止だけれど、平日は撮影できるので、平日に行った方がよい思う。

その足で、歩いて、日仏会館へ。

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ボルタンスキーの展覧会を記念して、講演会が開催されたので、行ってきた。実は以前にも一度、ボルタンスキーの講演会を国立新美術館で聞いたことがある 

この時はスライドなどはなく、ボルタンスキーの話だけだったけれど、今回は日仏会館のホールに200人近く集まった聴衆を前に、まず庭園美術館の館長の話、それに続いて、スライドを出しながら横浜美術館の館長、逢坂恵理子さんの話、そしてボルタンスキーの話…という構成だった。

まず庭園美術館の館長の話が無駄に長い…いや、まあ、うん、2019年に国内を大規模なボルタンスキーの展覧会が巡回するという情報があったので、それはそれで良いとしましょう。

そして逢坂さんの話。この中で印象的だったのが、ボルタンスキーの日本で最初の個展はICA名古屋だったんだけれど、それをメインでやったのが逢坂恵理子さんであると。そして、そのディレクターが今は森美術館の館長の南條史生さんで、アメリカでやっていた個展を2人で見に行って、ボルタンスキーの個展を依頼したのだと。

そしてそして、当時の水戸芸術館の館長の長谷川祐子さん…おそらく日本の現代美術業界では最も国際的に影響力のある人…東京都現代美術館の主任学芸員として、去年から今年にかけていろいろあった人…その長谷川祐子さんが、その名古屋での企画段階において、巡回を打診して、水戸芸術館へも巡回が決まったのであると。これはもう日本の現代美術の歴史そのものだな…と思ったのだった。

東京都現代美術館が所蔵している『死んだスイス人の記憶』とか、日本の美術館が所蔵しているものも、多くはこの時の個展用に作られたものだそうな。ボルタンスキーの日本での個展としては、今回はそのとき以来だけれど、2007年にもちょっと面白い展覧会があった。 

クリスチャン・ボルタンスキーの発案による展覧会で、彼本人の作品もやさわひらきの作品など、当時の自分には極めて印象深い展覧会だった。

そして、ボルタンスキー自身の話。ボルタンスキーは作品の雰囲気とは違って陽気で楽しいおじさんなんだけど、その容貌とも相まって、まるでお坊さんの説話を聞いているような気持ちになる。そしていろいろ琴線に触れる部分はあったけれど、作品はちょっと不便な場所にあったほうが良い、その作品への旅から鑑賞は始まっているという話が印象深く。まさに越後妻有や豊島は、わたしにとって、それなのだ、と。改めて。 

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今回の庭園美術館での展覧会はとても近くて行きやすい場所にある。そして、展示自体も、やや拍子抜け感を持つ人もいるかもしれない。けれど。あの建物の歴史とそこで繰り広げられた人々の生き様に想いを馳せるという心の旅の先に、あの亡霊の囁きに耳を傾けることが、まさにボルタンスキーの作品たる所以なのだろう。

クリスチャン・ボルタンスキー『アニミタス_さざめく亡霊たち』は12月22日まで。とくに、11月25日(金)、26日(土) 、27日(日)は夜間開館があり、20時まで開いている。混雑するかもしれないけれど、夜の庭園で、亡霊たちのさざめきに耳を傾けるのもいいかもしれない。

そして、是非、この展覧会を見た人は、越後妻有や、豊島にも、足を運んで欲しいのです。