日毎に敵と懶惰に戦う

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『日本美術全集』発刊記念 辻惟雄 山下裕二 スペシャル対談

日曜日。起きたら10時過ぎ、という未曾有の事態。何かに遅刻…というわけでもないので、良いのですが。のんびり出掛けて、丸ビルへ。本日はこちらのイベント

小学館の創業90周年記念で『日本美術全集』全20巻が発売されるんですが、その発刊記念スペシャル対談、ということで、MIHO MUSEUM館長で東京大学名誉教授の辻惟雄先生と、明治学院大学教授で…というか、美術ファンにはお馴染みの、山下裕二先生の対談に行ってきた。
『日本美術全集』発刊記念 | 弐代目・青い日記帳
この全集、1巻15,750円の全20巻、2か月に一度の刊行で、予定通りに行くと最後の刊行が2016年2月という、すごいことになっているわけですよ。このご時世にいろいろ大丈夫なんだろうか、と思わなくもないですが、ある意味、最後の紙の美術全集、ということになるかもしれない、注目の出版物であります。
日本美術全集|小学館
師弟の対談は美術全集というと…という話からはじまり。平凡社の世界美術全集…これは昭和初期に出版された、日本ではじめての本格的な美術全集本みたいなんですが
古本夜話243 平凡社『世界美術全集』と中央美術社 - 出版・読書メモランダム
よく知られた全集と言えば、1966年に小学館から刊行がはじまった『原色日本の美術』全30巻であり、これは第1回配本が30万部出て、この売り上げのおかげで小学館は社屋のビルを建てたことができたとか。こういう全集物は、大抵今では、古書市場で一山いくらになっているわけですが…(その後出た『名宝日本の美術』も含めて)
404 NotFound /典昭堂
名宝日本の美術 全26巻(小学館)/典昭堂 浜松の老舗古本屋
こういった美術全集や百科事典は、ステイタスシンボルとして機能していた時代があり、家を建てた!大きな本棚!百科事典と美術全集!いっそのこと本棚付きの百科事典販売!みたいなですね(百科事典のセールスマンなんていましたね…)、もう、家具の一部としての全集…の時代があったわけなんですね。そのころは非常によく売れた。
その後、学研、講談社などあちこちから美術全集は出ており、このあたりにまとめられていますが
美術全集 - Wikipedia
西洋美術の網羅的な全集としては、小学館が1992〜1997年に発刊したものが最新みたい
世界美術大全集西洋編 - Wikipedia
日本美術の、いわゆる『全集』としては、1990年から1994年に刊行された、講談社の『日本美術全集』ものが最新のようだ
日本美術全集 - Wikipedia
だから今回は、いわば20年ぶりとなる美術全集となるわけであり。そしてもしかしたら最後の紙の全集となるかもしれないわけで、写真から何から大変気合が入っているとのこと。まず第1回の配本は、今月発売された2巻『<飛鳥・奈良時代1>法隆寺と奈良の寺院』なんですが

この巻では、法隆寺金堂内陣を40年ぶりに新規撮影したり、国宝20件を新撮影しているそうな。デジタルとアナログの両方で撮影して最高の仕上がりになってます!とのこと。そして第2回配本は14巻『<江戸時代3>若冲・応挙、みやこの奇想』(刊行順が時代順とばらばらなのは商売上の都合なので…)
辻先生がメインの編集委員をつとめているので、奇想が前面押しになるのも当然と言えば当然なんですが、それにしても、応挙よりも若冲が美術全集のタイトルで前に来ている、というのは隔世の感。昔の美術全集には、若冲なんてほとんど注目されていなかった。本当のここ最近において、若冲が人気が出てきたことがよくわかるわけでありまして、それをいわば中心になって担ってきたのが、今日の対談のお二人、そして若冲の作品を多数収集しているプライスさんなわけですね。こんな本も出ている
ザ・プライス・コレクション

ザ・プライス・コレクション

今回の全集では、全集としてははじめて伊藤若冲動植綵絵を全30点完全掲載すると
動植綵絵 - Wikipedia
その他若冲の作品多数、曾我蕭白長沢芦雪、もちろんしかしやはり円山応挙、といったあたりを中心にした巻ということで、なるほどいま全集を作るとそうなるのか、という興味と、それでええんやろか…みたいな思いも同時にありつつお話聞いておりましたです。最初のほうの巻でしっかり売れてくれないと続かないしね…。
ちなみに動植綵絵、今年の3月から4月にかけてワシントンナショナルギャラリーで展示されて大人気だったとか
ワシントンDCの伊藤若冲 | フクヘン。- 編集者/美術ジャーナリスト 鈴木芳雄のブログ
National Gallery of Art - Colorful Realm: Japanese Bird-and-Flower Paintings by Ito Jakuchu (1716-1800)
私は三の丸尚蔵館で5回に分けて見た後、揃いを京都で見ることができまして、あれは本当に幸せでございました。もう5年も前なんだねー
相国寺承天閣美術館『若冲展』 - 日毎に敵と懶惰に戦う
この日の対談では、京都御所で虫干しするときに辻先生が見せてもらった話とか(プライスさんもこのとき見たんだとか、噂を聞きつけてアメリカから荷物引っ掴んで24時間で駆けつけた研究者がいたとか…)、プライスさんが若冲を買い集めているという話を聞いて、美術商にお願いしてアメリカに送る前の作品をこっそり借りてきて研究者とみんなで見た話とか(アメリカに行ってしまったら見納めになるかも!と心配したけど、実際はプライスさんの手元にあったほうが日本人も見る機会が多いことになっているとか)…いろんなエピソードが面白かった。
ちなみにプライスさんのコレクションに日本からも作品を加えた展覧会が、来年、東北三県を巡回します。どっかで見に行きたいですね
若冲が来てくれました―プライスコレクション 江戸絵画の美と生命―
あと、円山応挙については、愛知県立美術館の応挙展が凄そう。巡回しないそうなので、これも見に行きたい
愛知県美術館 次回の企画展 基本情報
若冲を中心に…というお題だったのっで、あとはわりと駆け足で、これから刊行する内容を追ってご紹介。辻先生と山下先生の掛け合いが、辻先生の絶妙のボケ具合とか、とてもチャーミング。『これはMOAが外に貸さなくて』『貸さないですか』『非常に血みどろの絵で…まああそこは宗教ですし』『先生のところも宗教でしょ』『……うんまあ…』みたいな。
幕末から明治初期の巻では生人形や狩野一信、石川雲蝶あたりを取り上げていて、なるほどこれまでの全集とは違うのだなー、という感じ。狩野一信は昨年の五百羅漢すごかったですね
Chim↑Pomのアレと、五百羅漢図と - 日毎に敵と懶惰に戦う
石川雲蝶は新潟まで見に行きましたね。あれも素晴らしかった
越後のミケランジェロ、石川雲蝶に会いに行く - 日毎に敵と懶惰に戦う
それ以外の話では、研究者間で意見の相違がある分野の執筆にまつわるあれやこれや…なんて話もあったり。そして、時代の新しい18巻〜20巻の話が興味深く。18巻は『戦争と美術』ということで、戦争画を大々的に扱ったり。戦争画、興味のある人はいますぐに東京国立近代美術館に見に行ってくださいね!
東京国立近代美術館『美術にぶるっ!』展がいろんな意味ですごい - 日毎に敵と懶惰に戦う
19巻では椹木野衣監修で、ねじ式の原稿を載せてみたり、田中一村をおおいにフューチャーしてみたり。ちなみに、平山郁夫先生は、1点のみ、広島生変図を収録予定だとか
http://www1.hpam-unet.ocn.ne.jp/collection/index.php?mode=detail&id=63
平山郁夫 『広島生変図』 : 平山郁夫の作品画像集 - NAVER まとめ
そして最終20巻では、会田誠村上隆の作品を、日本美術の流れから紹介していったりするようだ。村上隆がドバイで展示した五百羅漢図も収録されるとか。しかし、これが出るのは2016年2月…それまでにどんな時代の変化があるかわなんとも言えませぬな…。
1時間30分から少しオーバーしたお話、もっと聞いていたいと思える面白さであり。また、全集は、全集なのにちょっと時代の流行を取り入れすぎていないか…という一抹の不安も感じつつ。良いものに仕上がってほしいなあ、と思うのでありました。

終わって、近所でぶらっとしてから帰宅。晩飯食べていたら京都で購入した山口晃の作品集が届いたのであります

山口晃 大画面作品集

山口晃 大画面作品集

大判で、すごく、よい
在華坊(@zaikabou)/2012年12月09日 - Twilog