日毎に敵と懶惰に戦う

酒と食い物と美術と旅と横浜…などの記録。Twitterやってます @zaikabou

トウホグの本気の湯治場、後生掛温泉へ

田沢湖駅を出た八幡平山頂行きのバスは、次第に深い山の中へ入っていく


1時間以上してiPhoneの電波が入るようになり、窓の外にもうもうたる煙、硫黄のにおいがしてくる

ここはまだ後生掛温泉では無い。八幡平が誇る温泉地、玉川温泉玉川温泉は、pH1.1の強酸性、98℃のお湯が毎分9000ℓも湧出している驚異の温泉。ラジウムもたっぷり。あらゆる治療を試して諦めた患者が、最後に辿り着く場所だという。新玉川温泉玉川温泉などからなるけれど、バスで田沢湖から向かって最後に通過する本家本元の玉川温泉


もはや雰囲気が、湯治場というより、療養所のそれであり。普通に観光客もいるのであるけれど、気軽に観光で訪れてはいけない雰囲気すら漂ってくるのだ。以前にテレビの番組で見たのだが、日本一の効能と霊験あらたかな玉川温泉に、東京から藁をもすがるような思いでやってくる湯治客たち。その多くが癌患者。ここが発祥の岩盤浴を行うためには、宿から大変な思いをして、雪深い源泉にたどり着かないといけない。雪の中に張られたテントの中、順番待ちまでして、修行のように岩盤浴にいそしむ女性。「肺がんだからガスが充満しているのはよくなくて…」と、雪が降る中、わざわざ表で岩盤浴する男性。もはや「信仰」とでも言ったほうが良いようなストイックな光景が繰り広げられている。まさに修行だ。
大型バスにたった2人だった乗客はここで自分ひとりだけになり、さらにバスは進み、峠を越えて

田沢湖駅からバスで2時間、ようやく、後生掛温泉にたどり着く。バス賃は1790円なり


小雨の中、バス停から温泉宿に向かう途中からして、すでにただ事ではない温泉地の雰囲気が伝わってくる

ここ、後生掛温泉は山の中にある一軒宿の温泉。ごく一部の好事家には三井理峯先生のご著書『我は平民』でおなじみであるけれど、そのあたりのご趣味の方は別バージョンの紹介記事を参照していただくとして
自費出版、『我は平民』の一部分を読ませていただきます。 - 日毎に敵と懶惰に戦う
ここでは、普通に、魅力的な湯治場としての後生掛温泉を紹介していきたい。そう、湯治場。このお宿、ごく普通の旅館部もあるのだけれど

魅力的なのは、併設された…というか、こちらが本体の湯治部だ

東北には湯治ができる温泉宿が沢山ありまして、以前には鉛温泉をご紹介したことがありますが
文化系女子にも大人気!鉛温泉でレトロすぎる湯治体験 - 日毎に敵と懶惰に戦う
ここ、後生掛温泉は、さらに気合いの入った湯治客が集う場所。1週間などまだ短い、人によっては3年も湯治しているという(ほんとかね)、すごい湯治宿なのでありますよ。


湯治部のフロントに入ると、すぐ脇にはもちろん、自炊の買物をするための売店があり、いろんなものを売っている


ですが、各人、それはもう、凄い荷物を持って訪れる


これすべて湯治客の荷物。自炊器具やらなんやら。立派な調理場がもちろんあり


気合いの入った湯治客は、一日三食、ここで食事を作りながら、温泉療養するわけです。近くの山に、山菜やキノコを採りに行くのも平常運転


熊への注意喚起があったりします


そして、この温泉を特徴づけているのが、なんと言ってもその居室。なんとあなた、オンドルの大部屋なんですよ…




こちらのお部屋が、1泊2100円。湯治村の村民になると、さらにいろいろ割引。布団やなにやらは、もちろんレンタルがあるわけですが、気合いの入った人は自分で持ってくるんだろうなあ。ちなみに、昔はもっといかにもな大部屋!だったようで、これは後生掛温泉で販売している、ポストカードの1枚をスキャンしたもの

現地ではこのような本も売られていましたよ

現在の料金表、レンタル料金も細かい

スリッパすらないので、スリッパ欲しいと思ったら、持ち込むか買うかしかないのですよ…。自分はさすがに、お年寄りの中に混じって大部屋に泊まる勇気が無かったので、個室のほうにしました。


個室にも、床下にお湯が通っていてポカポカ暖かいオンドルの部屋と、普通の個室があり、私が泊まったオンドルの個室は1泊3360円。布団のレンタルは別料金で、敷布団105円、毛布105円、まくら21円。宿に到着してとにかく個室に入ったわけですが、この狭い個室、とにかくオンドルで蒸されていて、暑い!

結局、毛布は使われることはなかったわけで…。部屋から出て、とにかく、温泉に入りに行こう。ここの温泉の効能は素晴らしいのだから。


pH3.2で90℃の源泉がどんどん溢れだす後生掛温泉、写真で見せられないのがもどかしい。ので、これまた、ポストカードから。ずいぶん前のものだと思うけれど、まったく変わっていない

後生掛温泉 - 入浴のご案内
木張りで湯気がもうもうとした天井の高い大空間に、7つの風呂。真ん中に大浴槽、その脇に泡風呂。泥風呂は、ねっちりした泥が沢山入っており、体にすりつけてパックのようにしながら、緩めにしたお湯に長時間つかる。勢いの良い打たせ湯の下で、修行僧のよいに、マッサージがわりに、湯に打たれる人々。蒸気サウナはもちろん、天然の温泉の蒸気が溢れるサウナ。そして箱蒸し風呂は、その蒸気が箱のなかだけに充満し、箱から顔だけ出して長時間あたたまる。露天風呂からは雨にけぶる雪原が見える。
湯に疲れたら、お湯の溢れる気持ちの良い板の上に大の字に寝っ転がり、ぼんやりと時を過ごす。渇きを覚えると、浴室内にもうせん峠の湧き水を飲めるところがあり、その味、ああ甘露とはこのことか、という極楽。あっちこっちの湯を入っては出てを繰り返すうち、2時間くらいはあっとゆう間に過ぎる。しゃらくさい温泉施設ではない。何から何までが本気のお湯、湯治場。湯からあがってみたところで、近くの散策路は雪に閉ざされ


おみやげやを少し覗いてから

部屋に戻っても、じっとりと汗がむしばむオンドルで、見知らぬ天井を見て過ごすのみであり

しばらくすると、また風呂に向かう。この繰り返し。とにかく、なーんにもすることが無いので、ずーっと風呂に入っているという、めちゃくちゃな贅沢。幸せ。さすがに飽きれば談話室で過ごすひと時


東北や新潟などの各地から来た人たちの、度の強い方言が乱れ飛ぶ。少し話したご老人は新潟からで、今回は短めで9日間とのこと。恒例で訪れており、この方は自炊ではなく、食堂でご飯を食べていると言う(ちゃんと食堂施設があって、食事は食べられるのです)。自分はオンドルの個室ですと言ったら、次があったら大部屋にするのが面白いですよ、人間関係かわずらわしくなければ…。自炊すると、おかずの半分以上はおすそわけで埋まります、などと、楽しそうなお話。ふむふむ。俳句を詠んで時間を過ごすのも楽しみの一つらしい


夕方になると食事の支度は賑やかに

自分は、前日、前々日の暴飲への反省もこめて、極めて粗食に…。買ってきたおにぎりと、ここで買った黒たまごのみ

そんなこんなで風呂に入る、出てぼんやりする、飯食う、人と話す、それ以外することが無く、時間は過ぎていく。


夜、暑くていつまでも寝付くことができず、ひとりで温泉に入りにいくとこんな文字が見える…

おお、どうゆうことなんでしょう…。一人で入っていて、溺れてもわからないから…かな?なんか怪しい含意があったらいやだなあ。まあ一人で入ったわけですが。到着したころから降り出した雨は、いよいよ強くなり、人の声も途絶えた静かな湯治場には、雨の音だけが聞こえる。ああ、贅沢な時間…。おやすみなさい…

と、目覚めて4時半ごろ。温泉に入りにいってみると、この時間から大勢の人たち。ゴールデンウィークで、閑散とした東北においても、この湯治場はほぼ満室のようなのですよ。凄いなあ。朝から温泉にゆっくり浸かり、朝飯を食べて、少し横になり、また温泉に入る。霧のむこうにかすむ松の木は、まるで等伯のようだ

そうこうするうちに、7時半ごろ。そろそろ出発しましょう。売店で飲むヨーグルトなど飲んで

お会計をすませて、さようならお世話になりました

雨脚は少し弱まったけれど風が水平にふき、ほんとうにえらいところですね…


バス停も吹きっ晒し

早くバス来ないかなあ…

あ、きた!

こうして、鹿角花輪に向かうバスで、温泉地をあとにしたのでした。以前、NHKの番組でこの湯治場も取り上げられており、農閑期を気の置けない仲間と楽しむ、元気な東北のお年寄り達が写されていたのであり。自炊して、お風呂に入って、大部屋でおしゃべりやら音楽やら思いのままに過ごす。「小原庄助さんみたいだね」とニコニコと過ごすお年寄り、そしてみんな色艶が物凄くいい。馬で来て足駄で帰ると言われる後生掛温泉はいつまでも効能が続く、すばらしいお風呂なんですよ…。
だからあなた、東北で本気の湯治を体験してみたいなら、是非、後生掛温泉を訪れてみてください。
後生掛温泉 - 湯治のご案内