日毎に敵と懶惰に戦う

酒と食い物と美術と旅と横浜…などの記録。Twitterやってます @zaikabou

BankART School『大岡川を往く』

7時起床、大井町乗り換えで豊洲に行き、お仕事。昼飯にカレー、午後もちょっと仕事して、電話対応忙しく、なんだかんだと2時過ぎには会社に戻る。ほいで、定時には出る予定が積み上がるばかりの数字を整理するうちに時間は過ぎていくのです、急いで出て、関内駅まで、BankART Studio NYK に到着したのは19時45分、なんとか15分遅れだぞ

BankARTスクールは、横浜・馬車道に残る歴史的建造物を芸術文化に活用したBankART1929のプログラムのひとつとして、2004年4月に開校しました。
BankARTスクールの守備範囲は美術・演劇・写真・建築・音楽・ダンスなどアート全般におよび、講師は各ジャンルの第一線で活躍する人たちばかり。子供向けのワークショップから専門性の高い講座までレベルはさまざまですが、いずれも少人数制で、講師と受講者同士の親密な交流を重視する現代の寺子屋をめざしています。

という趣旨のBankART School。講座の単位は、基本的に週一回で3ヵ月区切り。今回申し込んだのは『大岡川を往く』という企画で、BankARTと黄金町を行き来しながら、大岡川について考えましょ、という講座なんですね。川好きの地元住民としては、これは申し込まざるを得ない。毎週金曜日の19時30分に辿りつけるかかなり不安だけれど、6月まで頑張りましょう。
4月2日の第1回は大岡川を屋形船で行く企画で、私が参加したのは本日の第2回から。今後は基本的に座学になるけれど、参加している人達はみなさん主体的にいろんな行動をしてらっしゃる方ばかりなので、きっとそれ以上の繋がりが産まれることでしょう。
本日は、『アトリエトド』主宰、松井正澄先生による、水辺再生の事例紹介。三島の源兵衛川。富士山の湧水が駅近くの楽寿園に湧き出し、農業用水用に水を温める温水池にたどり着くまでの1.55km、農業用水路が『源兵衛川』。1200年の歴史を持ち、戦後も人々の暮らしに密接に結びついていた水路も25年ほど前には結び付きの薄い流れとなり、水質悪化も目立つようになっていた。この川を取り巻く環境の特性を活かしながら親水性を高めて保っていくこと。その基本コンセプトのもとに進められたランドスケープデザインの記録。現在の源兵衛川の様子はこんな感じ
特集 源兵衛川 | 景観デザインを目指せ
短い流域ながら、その流れのところどころで、バラエティに富んだ性格、違う顔を持っている川。予算の制約などもあったから…でもあるんだろうけれど、一気に開発するのでなく。まずは少し手を加えてみて、子供を先導に地域の人々がそこを使い始めてみる。川のほとりに下り、川に入り、遊ぶ。生活を共にする。実際に体験した人々が、それを見た周囲の人々が、もっと川をこうしたいと意見を言う。住民活動が活発になる。理念・哲学を学ぶ。その声が次の開発にフィードバックされて、市民の意見が取り入れらた開発と運用がなされる。3年、4年のスケールの中で粘り強くプロジェクトを進めることで、行政の他部署も巻き込んで、川単独にとどまらない、周囲と結びついた空間作りが出来る。そして、行政に限らない、民間の開発も川を意識していく…。そんな幸福な循環の、10年間の記録、非常に面白いお話だった。
自分は以前に、三島で柿田川湧水を訪ねたことがあり
ついでに柿田川湧水公園にも - 日毎に敵と懶惰に戦う
その帰り道、たまたま、源兵衛川の終点である温水池から富士山を眺めて

そこから、源兵衛川をしばらく散策していたのだった。その時、実はそれほどのインパクトがあったわけではない。なぜならば、あまりにも自然に人々の暮らしに溶け込んでいて、それが計画されて作られたものだとは到底思えなかったから。あたかも、何十年も前から、そこに自然にあるがままの姿であるかのようだった。だから強い印象に残らなかったのだろう。それが、計画され作り上げられたものだったとは。ゆっくりと時間をかけた幸福な事例だと思う。もう一度、のんびり訪れてみたいと思った。大岡川にどう活かせるか。まずは見ること歩くこと。一気に何かを変えようとするのではなく、少しずつでも様々な体験の場を作り、そこからの連鎖をさせていくこと。
講義と質疑応答後、1階のPubでしばらく団欒。大岡川周辺で様々な活動をしている人が多い。11時半前に辞して、華隆餐館で晩飯を食って帰宅した。次回は黄金町で、大岡川桜まつり実行委員長にして鰹節店のご主人、一ノ瀬さんが講師。大岡川周辺で何事か関わりたい方、次回以降でも受講すると楽しいかもしれませんぞ。受講料は8,000円であります。