日毎に敵と懶惰に戦う

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東京国立近代美術館『美術にぶるっ!』展がいろんな意味ですごい

竹橋の東京国立近代美術館が1952年の開館から60周年を迎えていろいろなイベントを行っているのだけれど、そのメインとなるのが今回の展覧会、『美術にぶるっ! ベストセレクション 日本近代美術の100年』であります。
展覧会情報東京国立近代美術館 60周年記念特別展 美術にぶるっ! ベストセレクション 日本近代美術の100年
この日、夜間特別内覧会におじゃますることができて、じっくり2時間観賞してきたんだけれど、なにしろ盛りだくさん過ぎるので2時間ではどうしようもない。10月27日にもすでに訪れていて、その時も3時間半いたんだけれど、まだまだ到底見足りないという…。第1部『MOMATコレクションスペシャル』と第2部『実験場1950s』の2部構成からなるこの展覧会、2つの部で趣がかなり異なり、別々に訪れたほうが良い、特に第2部については、映像をじっくり見だしたらまるまる1日かけてほしいような内容なのだ。
というわけで、まずは第1部を主に。

内覧会の最初にミニレクチャーがあり、今回の展覧会趣旨などについてお話を聞くことができた。
第1部は、近代美術館の2階から4階を大幅リニューアルして、コレクションの良いところをぎゅっと詰めた展覧会。これまでも国立近代美術館と言えば、東京国立博物館国立西洋美術館東京都現代美術館とならび、企画展もいいけれど常設展が素晴らしい、時として企画展よりも……なのに、企画展は混んでいても、常設展に流れてこない人が多くて本当にもったいない!と感じることの多い美術館だった。そしてそれはまた、企画展を見た後についでに常設展も見ると、ボリュームが多すぎてぐったりしてしまう…美術館でもあった。
今回のリニューアル、そのあたりもよく考慮されている。

いくつかのポイントがあり、まず最初に『ハイライトコーナー』を作ったこと。今週のハイライト。このコーナーは壁の色を白から紺にして、シックな印象になっている。

そして、全体として時代順に並べるこれまでの配列を踏襲しつつも、長い廊下をダラダラ歩くような構成から、小部屋に区切ってテーマをはっきりさせたこと

ばらばらに並べられていた日本画を一カ所にまとめたこと。照明を落とし気味にして、バラバラにおかれたスツールに腰かけて、自分の好みの角度からじっくり、作品を鑑賞することができる

また、海外の作家の作品を一室のまとめたこと(以前、小企画展をいろいろやっていた、2階のコーナーですね)

これらのリニューアルによって、以前は時間が無いと早足で通り過ぎて印象が薄くなりがち…だったところが、時間があまりなくても、自分のお目当てをじっくり見られるようになっている。自分は以前の構成が結構好きだったけど、なるほどこのほうが合理的ではあるかな。4階の、一旦奥まで行ってから戻らないといけなかった導線も改善されているし。
で、今回、その並べられている作品群がすごい。国立近代美術館が所蔵している重要文化財13点を一挙に公開するのははじめてのことだとか。そして日本画も、重要文化財含め、良いところを出し惜しみせず、どどーんと展示替えなしで並べている(そのかわり、この特別展が終わったらしばらくお休みさせないといけないらしい…)。私はこの館のコレクションで大好きなものがたくさんあって、萬鉄五郎の『裸体美人』、靉光の『眼のある風景』

古賀春江の『海』

加山又造の『春秋波濤』、岸田劉生の『崖』、土田麦僊の『湯女』などなど、それぞれに素晴らしいんだけれど(そして、今回の展覧会ではこれらがすべて展示されておるのですよ!)一番はこれかもしれないってのが、横山操の『塔』

火事で焼け落ちたばかりの五重塔が、荒々しくしかし力強く、火事にあってしまったのに上に伸びていくような生命力に満ちていて、感動するのです。特にこれは出展頻度があまり高く無いので、今回見ることができて本当に良かった。
ちなみにこれらの写真、今回は内覧会だから撮影可能…というのもあるんだけれど。以前から受付で許可をとれば写真撮影可能だったんだけれど、リニューアル後は、特に許可をもらわなくても撮影可能になったのもありがたいところ。作品の1点撮りはご遠慮くださいですし、まあ、マナーは守って控えめに。
そして、今回のリニューアルでちょっと心配だったのは、戦争記録画はどうなるんだろう?うやむやに展示を縮小されたりしないかしら…という点だった。
戦争画 - Wikipedia
しかし、まったくの杞憂でしたよ。というか、びっくりすごいことになっていたよ。1室、片方の壁には『神兵パレンバンに降下す』『山下、パーシバル両司令官会見』が

振り返ると、反対側の壁には藤田嗣治の『アッツ島玉砕』『サイパン島同胞臣節を全うす』が

戦争画と言えばこれ!というような代表的な作品が、一同に!こんなにそろって見られる機会、まず無いんじゃないだろうか。ものすごく贅沢なことになっている。戦争画に興味のある人も、絶対に見逃しちゃならん展覧会。これ以外にも『娘子関を征く』『英領ボルネオを衝く』がある。展示替えで11月27日からは『神兵パレンバンに降下す』が『コタ・バル』に代わり、さらに『ニューギニア沖東方敵機動部隊強襲』『キャビテ軍港攻撃』『佐野部隊長還らざる大野挺身隊と訣別す』が加わって、ミニ戦争画特集の様相。
2階の1970年以降のコーナーもすっきり整理されていて


2階には、リニューアル中の美術館全体を使ったインスタレーション田中功起の楽しい映像もあったり

とにかくもう、第1部だけで、2時間ぐらいはたっぷり必要な内容なんだわ、ほんとにもう。
あ、ここで、ちょっとリニューアルの気になった点を少々。2階の小企画展スペースとか、3階の奥だっけ?ミニ企画スペースとかが用途明確になっているので、展示の自由度が下がらないかなー、というのはやや心配。まあ、今後を見守る、ということで。4階の休憩室の改修も今回のリニューアルの目玉になっていたけれど、自動販売機が無くなったのがちょっと残念…。3階の謎の部屋の意味がやっとわかったけど、ずっとあのままなのかなあ…。あ、あと。レストランは大失敗だと思います、いくらなんでも価格が高すぎる。


さて、ここまででも大変なことになっているんだけれど、問題はこの先なのであります、第2部『実験場1950s』。第1部を期待通りの100点とするならば、第2部は想定外、度肝を抜かれる120点。ミニレクチャーでは、第1部と第2部の関連性を強調していて、確かに、戦争画を見て、第2部を見て(玉砕から実験場へ!)、それから第1部の1970年代の作品を見ると時代の変遷を体感することができるし、第2部ではあんな作品を作っていた人たちが、1970年代になると…という変化も非常に面白くはあるのだけれど。
わたしは、これ、この『実験場1950s』ですが、第1部を隠れ蓑にして、中の人がかなり挑戦的、挑発的、かつ戦略的にやったものだと思っているのです。単独で企画展としてやったら企画が通るかどうか、相当危ないレベルの。印象は数年前の沖縄プリズムにやや近いが
国立近代美術館『沖縄・プリズム 1872-2008』 - 日毎に敵と懶惰に戦う
もっとエライことになっている。東京国立近代美術館の開館が1952年ゆえに、1950年代をテーマに、コレクションなどを紹介…なのだが、その一言では到底説明できぬインパクトに満ちている。1952年と言えば、サンフランシスコ講和条約が、そして同時に安保条約が締結された年。混沌に満ちて、日本がどこにいくのかさまよっていた時代を、さまざまなジャンルを横断的に紹介しながら回顧する…

いや、回顧するだけにとどまらず、現在とつなげ合わせて考える。文化や社会への批判的考察、問題提起も、美術館にできることのはず!そんな意欲に満ちている。なにしろ、展覧会は朝日ニュース『原爆犠牲第一号』にはじまり、細江英公『へそと原爆』でおわるのだ!原爆ではじまり、原爆で終わる展覧会。
ジャンル横断的ということで絵画、ポスター、雑誌、写真などなど、さまざまなメディアが並び、いやもうコレクションじゃないだろ…という、あっちこっちからかき集めた展示物。土門拳の、ケロイドも生々しい写真おおぉ、河原温の浴室がずらずらっ、『暮らしの手帖』『日本版画新聞』が並んで、メーデーのポスターがどーん、粟津潔もこんな仕事をしていたのか!みたいなのがあったり、池田龍雄の内灘シリーズばばーん、山下菊二が!石井茂雄が!中村宏が!木村伊兵衛や濱谷浩や小島一郎の、東北や裏日本を記録した写真、あるいは横浜の真金町や若葉町の赤線地帯の写真、こちらには奈良原一高軍艦島の写真…
もう、ね、力強すぎて、ぐったりきちゃうものが、これでもか!これでもか!と次々に襲ってくるんですわ…。しかししかし、この展覧会で一番印象的なのが、何と言っても映像。まずは亀井文夫『流血の記録 砂川』が描く砂川闘争。立川の米軍基地拡張のための測量隊・武装警官と、農民・組合・全学連社会党議員・共産党議員・全国から筵旗掲げて集まる有志・坊さんのぶつかり合い。いやもう、戦争体験が濃厚な人達の闘争は腰の座り方が違って、すごいんですよこれ。スクラム組んで日の丸振って、民族独立行動隊の歌をうたいながら、血潮には 正義の血潮もて叩きだせ 民族の敵 国を売るいぬどもを。54分の映像、ほぼまるまる見てしまう。
その隣には、北朝鮮帰還運動の様子を紹介するニュース映像が流されて、さらに先にあるのは、青森県東通村の貧さと出稼ぎの様子を描くドキュメンタリー『忘れられた村』、そう、その後原発を誘致する、あの東通村
東通原子力発電所 - Wikipedia
映像の中でそれが語られるわけではないが、国土の不均衡な開発、置き去りにされた貧しさ、そして原発の誘致という選択…そういうことに、どうやっても思いを馳せざるを得ない構成になっている。この映像、制作会社が無くなってしまい、権利関係が不明なのだが、あえて決断して流しました、権利関係ご存知の方ご一報ください、との注意書きつきで上映されていて、今回の展覧会に対する気合の入りようを思わせる。
次の部屋には松本俊夫の『白い長い線の記録』、これ、関西電力のPR映画であり、黒四に至る関西電力の成長ぶりを紹介しているのだが、メチャクチャにアヴァンギャルドサイケデリックなことになっていて、わけがわからない。関電は長くこれをお蔵入りにしていたらしい。今回の展覧会の出品目録見ると、これだけ、所蔵または収蔵経緯が『-』になっていて、どういうことなんでしょう。そして松本俊夫はもうひとつ『安保条約』もすごくて、こっちは、総評の発注で作られたプロパガンダ映画。何の衒いも無く、労働者の楽園ソヴィエト!を称揚していて、笑っちゃうほどの衝撃。びっくりするほどプロパガンダ、プロパガンダ映画のなんたるかを見せつけられる。
シネマ57による『東京1958』は、外国人が勘違いして日本を紹介しました、という風を装って、戯画的に東京の消費生活を紹介しており、記録性作品性娯楽性、極めて優れている。のど自慢で優勝した女性がトラックに満載のナショナル家電とともに長屋に帰るところとか、すごいです。そのほか、ドナルド・リチー『LIFE LIFE LIFE』、日大映研『プープー』、飯村隆彦『くず』『Ai(Love)』、細江英公『へそと原爆』…とにかくもう、どの映像作品も興味深いものばかりで、いくら時間があっても足りない。ざっと流し見して2時間、できれば半日は覚悟していただきたい…。
会場で配られる、まるでアジビラのような解説4枚も楽しい読み物なので、是非持ち帰っていただきたい。

とにかくもう、万難を排しても駆けつけていただきたい展覧会なのでした。1月14日までです